憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の十二
※其の十一からの続きです。気軽にお付き合い下さい。
大会が終わった翌日の月曜日。本来なら日曜日に試合があれば月曜日はオフなのだが、今週末に今度は男女共に団体戦の試合が控えている。今週はオフもなく毎日練習は続く。
(キツイけど、さすがにみんなそんなこと言ってられないか)
3年生はこのインターハイ都大会予選で敗れれば引退になる。団体戦でインターハイに出場できるのは1高校だけ。つまり都大会で優勝しない限りはここで一応、高校での部活動は終わりになる。だが、総武学園剣道部の引退は任意であり、出場しようと思えば規則で可能な夏の秋季大会まで出ることはできる。昨日の試合の振り返りで、琴音先生が今日も熱の入った指導をする。
「「「ありがとうございました!!!」」」
練習後、いつも通り1年生全員で道場の清掃を行っていると。
「やっぱ高校の剣道って、男女とも中学までとは全然違うんだよな。昨日の女子の試合見てビックリしたぜ」
宗介が思ったことを口にする。
「でも、そんな宗君は入学してすぐに関東大会予選の都大会からレギュラーで出場しているじゃん。それはすごいことだよ!」
光が宗介を褒めると宗介も嬉しそうにする。
「……なにを言っている。男子はいつも2、3回戦負け。お前もそんな程度で満足して、なにが男子剣道部の歴史を変えるだ」
藤咲がモップを丁寧に扱い、道場の隅々まで綺麗にする。褒められて気分を良くしていた宗介は少しムッとして表情を変える。
「……なんだ? 言われて図星か? 言っておくけどな、私は今年の男子1年程度のレベルなら、すでに超えているからな。宗介も滝本も前田も全然大したレベルじゃない」
私に文句を言うのはわからないまでもないけど、男子相手に、しかもそれなりにプライドありそうな宗介にそこまで言わなくてもと内心思っていると。
「こいつ、本当うるせぇ! 俺の姉貴みたいな性格してやがるからタチ悪い。まだ高校の公式試合出たことないくせして」
その言葉に今度は藤咲が反応する。
「なんだ? お前シスコンか? お前の姉はたしか陸上の天才スターだったな。五輪にも出場するほどの。その弟は落ちこぼれのダメダメ男か」
馬鹿。そこまで煽ると同じクラスメイトの私や光は知っている。それは禁句だ。宗介がそれでどれだけ苦しんできたのか藤咲はまだ知らない。モップを床に叩きつけて宗介が藤咲に詰め寄る。
「えらい自信だな。そんな自信も中学では雪代相手にボコボコ打たれて影では泣いていたんだろ? 藤咲は? 人のこと言えないな」
藤咲も言われたくないことを言われたか、男の宗介相手でも引かずに距離を詰める。
(あ~あ、もう。言わんこっちゃない)
なぜいつも1年生だけになるとこうなる。喧嘩しないで終わる日のほうが珍しいくらいだ。
「おい、なんでもいいけど手だけは出すなよ! 部内暴力なんかしたら、試合出場停止とかのレベルじゃねーんだぞ! 最近の部活動は!」
八神が遠目から叫ぶ。
「そ~んなに2人で距離詰めて、睨めっこ、チューでもするの? 見せつけちゃって~」
冗談交えて日野も言葉で止めようとする。
「ほら! 男子2人。止めなさいよ」
私も男子の滝本と前田になんとかするよう促した。しかし、藤咲の迫力と気迫にビビっているようだ。
(……ダメだ、こりゃ)
今にも一触即発な雰囲気。
「それ以上はダメ! 2人ともお互いに言いすぎだよ!」
光が宗介と藤咲の間に強引に入って引き離した。互いの距離が離れて少し安堵する。
「宗君。藤咲さんのことも考えて。雪代さんとの関係は知らないわけじゃないでしょ」
我に返ったか宗介が頭をかく。
「藤咲さんも。まだよく知らない人の家庭のこと悪く言っちゃダメだよ」
「ふん」と藤咲はモップを拾いなおして再び掃除に戻る。はぁ~と周りも思わず声が出る。
(なんでこういうメンバーが総武学園に集まったんだか)
先輩方の目が届かないところで、私たち8人の1年生はいつもこうだ。せっかくの共学高校なのに好いた好かれたの可愛い恋愛話も私たちにはあるべくもなく、毎日道場で稽古し、汗を流し、臭い思いもする。おまけに男女の仲も決して良くはない。
(憧れの高校生活とはなんなのか)
私は剣道に戻ってきたが、結局剣道以外のことはわからない。
(きっとここにいる8人も案外そんなものなのかな)
黙って残りの掃除を終えた私たちは着替えてからもバラバラに帰宅した。唯一、同じ電車で途中駅までは一緒の光と宗介とはここでいつもの話をする。
「……ごめんな、月島。気使わせちゃって……」
光は首を振る。
「ううん、いいよ……。きっと」
一呼吸おいてから光は口にする。
「まだまだこれから。みんなまだ出会ったばかりだし」
出会って数か月だというのに光のこの周囲を見渡す力には頭が下がる。私も最初はただのおせっかい者だと思って光に嫌な思いもさせた。
「頑張ろ。雪代さんも。ね!」
この会心の笑顔は今はまだ私だけのものにしておきたい。電車に揺られながら、私はそう思った。
続く
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