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感受性が強いこと|弱い部分を己の軸にする

 感受性が強い、というのは生きにくい、と同義だと思っていた。

 褒め言葉だと言われることもあったが、自分の場合はそれで辛いことの方が多かった。
「あなたはほんとうに敏感だねえ」と言われるたび、「あなたはほんとうに敏感(だからだめ)だねえ」と言われているように感じていた。
 敏感だから、辛いことが多くて、学校にも行けなくなった。
 敏感だから、すぐ泣くし、すぐ疲れる。
 敏感だから、……。

 たくさんの人に支えられて高校卒業までなんとか生き延びたのだけれど、その支えもやはり「できるだけ鈍感になれ」「受け流す方法を学ぼう」という形が多かったように思う。
 もちろん、これは「(さよりが高校卒業したいならそうしたほうが楽だから)もっと気にせずに過ごしな」という意味だったのだが、その()内の意味がわかっていなかった私は、今後一生こうやって己の感性を殺すことに心を傾けて生きていくのか、と、ときどき絶望していた。
 
 また、私にとって、兄の存在が大きかったこともそう思っていた要因だと思う。
 兄はポジティブ思考で、たいていのことは気にせず、誰からも愛されるタイプのコミュ力高い男、といういいところだけ書けば完璧に見える男で、また、年齢が七つも離れていたため、絶対的な存在に見えていた。その兄のことを私は尊敬していたし、そうなりたいと憧れていた。
 しかし、どう頑張ったってもともとの性質が明らかに違った。

「兄とはずいぶん違うわねえ」「兄ちゃんはにこにこしてた子どもやったけどねえ」という悪気のない言葉を、繊細な私はまんまと真正面から受けて、私も兄みたいにならなきゃ、と思っていた。

 月日が経つにつれ、兄との年齢差が持つ意味も変わってきて、絶対的に見えていた兄も人間で、悪いところももちろんあり、兄になくて、自分にある長所も存在する、と理解できるようになった。
 そうやって、少しずつ、「私は本来の自分を隠し続けなければ生きていけない」という思い込みが壊してきた。

 最終的に、一番の壁だったのは、己の憧れだ。
私は、「ふつう」にものすごい憧れがあった。ふつうに学校に行って、ふつうに友達を作り、ふつうに彼氏を作り、ふつうに会社に就職する、そういう人にものすごい憧れがあったのだ。
 でも、どうやら私はそのタイプではないらしい。

 最近やっと、憧れへと見切りをつけて、己の道が見えてきたように思う。

 憧れだったものをあきらめて、違う方向から、己の一番素敵を目指す。
 己のいく道はこれしかないんだ、と諦めに近い感覚で悟る。
 これが私にとっての自己受容であり、人生で何度目かのターニングポイントだった。正確には、ターニングポイントにしたいと思う。

 誰に何を言われても己を貫ける、強い人になりたかった。
 でも私はもっと弱い。
 その弱さを克服しなければいけないと思っていた。でも、もう違う。
 その弱さを真ん中に抱えて生きていくという覚悟を決めるんだ、と思った。

 それできたら、めちゃくちゃかっこいいな、と思った瞬間、己の中の「素敵」がはっきり焦点を結んだ。
 私はこの素敵を目指そう、となんだか嬉しくなった。

 

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