小説家の連載 妊娠中の妻が家出しました 第2話

〈前回のあらすじ:会社員の夫、浩介が帰宅すると妻・華が離婚届を残して家出していた。呆然とする浩介。妻はどこへ?〉

 そうだ、妻の家族に電話しよう。浩介は急いでA市にある華の実家に電話をかけた。
 すぐに誰かが出てくれた。出たのは妻の母だった。
「はいもしもし」
「あぁお義母さん、浩介です」
「あぁ浩介さん!どうかしましたか?」
 明るくはきはきした義母の声にどこか安心する。浩介はいきなり本題を切り出した。
「実は、華が家出したみたいなんです。そちらに帰ってませんか?」
「えぇ?!華ちゃんが家出?!」
 妻家族は妻の事を華ちゃんと呼ぶ。仰天する義母。
「はい、僕も突然の事で混乱しておりまして・・・」
「喧嘩でもしたの?」
「さぁ、それがさっぱり。僕もしっかり華を労わっていたつもりですが・・・」
「まぁ・・・こっちには居ないんだけど。あの子も妊娠中で情緒不安定なのかしら、ごめんなさいね」
「はい。でもテーブルに離婚届が」
「えぇっ!」
 離婚届のくだりを聞いて義母が叫ぶ。かと思いきや、義母の声が途切れ、電話の向こうで義母が誰かと話し合っているのが聞こえた。
 ほどなくして違う人物が電話に出た。
「もしもし!浩介君!」
 びりびりと響くような大きい声でしゃべるのは、妻の父だ。義母が義父に話したらしい。
「本当にすまない!うちの娘が・・・」
 怒っているのか謝っているのかよく判らないトーンの義父。浩介はこの癖の強い義父が若干苦手であったが、今はそんな事を言っている場合ではない。
「すみません、お義父さん。ご迷惑をおかけして。今日帰宅したら華が家出してまして」
「今家内から聞いたよ。離婚届のくだりも」
「えぇ、そうなんです」
「はぁー・・・っ何をやっとるんだうちの娘は」
 義父が深いため息をついたので、とりあえず自分が責められる訳では無いとわかり浩介は安心した。
「すみません、僕が至らないばかりに」
「いやいや、浩介君が悪い訳じゃあないよ。うちの娘は何でもしゃべる子だから、君との間に何かあれば必ず愚痴を言ってくる筈だから。それに浩介君は娘を傷つけるような子じゃないのはわかってる。いつも華の事を一番に考えてくれる、そういう男だと思ったからこそ僕は華との結婚を許したんだ」
「華の居場所はわかりますか?」
「いや、こっちもさっぱり判らん。あの子は妊娠7か月だろう?一体何を考えてる・・・」
 義父の声が遠くなり、再び義母に代わる。
「ごめんなさいね浩介さん。実は最近、華に育児についてあれこれ聞かれた時に、電話口であの子いきなり怒りだしてね、それ以来私も連絡来てないのよ」
「そうなんですか?」
 浩介は驚く。いつも何でもしゃべる妻なのに、母と喧嘩した事を言わないなんて。
「ええ、まああの子はうちのお父さんに似て気が短い子だから、今までも別にそういう事は珍しい事じゃないと思って放っておいたけど。今妊娠中で余計に気分屋になっていると思ったし。もしかしてそれが良くなかったかしら・・・浩介さんと喧嘩した訳じゃないんでしょ?」
「はい。昨日帰宅した時も、別に機嫌悪そうではありませんでした」
「そう・・・」
「ただ、いつもより口数は少なかったような・・・でも落ち込んでいるという風でも無かったし、まあ妊婦だから体力が無くて疲れやすいんじゃないかと。・・・お義母さん、華の行き先に心当たりはありますか?」
「さぁ、私もさっぱり。でもあの子の友達も、もうみんな大体結婚していたり、彼氏と同棲している子が多かったと思うから。妊婦を受け入れてくれるような独身の友達はあまり居ないと思うけど。あの子ももう30だしね、そういう年齢だから」
「そうですよね」
「今、雪がお風呂に入っているから、お風呂から出たらあの子に聞いてみるから。華と仲が良いから、何か知っているかも。また後で連絡するわね」
「はい。お義母さん、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「何を言っているの、元はと言えばうちの娘が悪いんだから。あ、浩介さん」
 気遣うような口調になる義母。
「華の事はうちに任せて。浩介さんはお仕事に集中してね。ご飯もしっかり食べて、ちゃんと寝て。ね?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
 電話を切った浩介は、ぽつりとつぶやいた。
「こんな状況で仕事に集中できる訳ないだろ・・・。華、どうして・・・・」
                             次回に続く

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?