小説家の連載 妊娠中の妻が家出しました 第13話

〈前回のあらすじ:弁護士と探偵の協力により、遂に浩介は華と離婚するかどうかの話し合いの席につく。華に執着する元カレ・海路が攻撃的な発言をする中、浩介は華の本心を聞き出そうとする。〉

「俺はその元カレさんみたいに華の心に細やかに寄り添う事はできなかったかもしれない。俺は人の悩み相談にのるのも得意じゃないし、元カレの方が話を聞くのは上手いかもしれない。悩んでいた華の心に気づけなかったのは俺が悪いし、そこで優しくしてくれる元カレの方に行くのも自然な事かもしれない。でも俺は華の法的なパートナーで、そいつはただの元カレだ。そうだろ?」
 必死に呼びかけると、海路が叫んだ。
「黙れ!華ちゃんの事を何にも判っていない癖に、旦那だってだけで偉そうにしやがって!本当に華ちゃんの心を理解しているのは俺の方だ!」
 海路が浩介に向かって暴言を吐いた。それまで海路が何を言っても反応しないようにしていた浩介は、遂にブチギレてしまった。
 立ち上がり、海路を指さして、大声で反論した。
「あんたは!華はな、ご両親にどんなに反対されてもあんたと結婚するつもりだったんだよ!駆け落ちしてでも、家族から絶縁されてでも、家族じゃなくてあんたを選ぶつもりだったんだ!あんたの事を心の底から愛していたからだ!でもあんたはどうだよ?!逃げたじゃねーか!冷めたとか適当な事言って、駆け落ちしたいっていう華の心と向き合う事もせずに逃げたじゃねーか!」
「な・・・!」
 怒鳴って反論する浩介を、海路は驚きと怒りの表情で見上げる。
「華の妹さんから聞いたよ。あんた、華のお父さんからいろいろ質問されても全部はぐらかしてきたんだろ。大事な娘さんをもらうのに、誠実に向き合おうとしなかった。俺は華の親父さんに何十分も質問攻めにされたけど、親父さんが聞きたい事にはすべて正直に答えた。それぐらい、本気だったからだよ!全部見せたよ。源泉徴収票も会社の保険証のコピーも自分の貯金してる口座のコピーも」
「な、そこまで、」
「そこまでできたのはな、華を本気で愛してるからだよ!華を愛して、この人と家族になりたいと思ったから、大切なお嬢さんと結婚させてくださいって、俺なりに覚悟を持ってぶつかったんだ。だから華のお父さんも俺の事を認めてくれて、娘をよろしくって言ってくれて、生まれてくる赤ん坊の事も楽しみに待ってくれているんだ。俺は正直に向き合ってぶつかったから、幸せを手に入れる事ができた。あんたはどうだよ?!どうやって華に近づいたか知らねーけど、本気で悩んでた華にいろいろ適当な事言って、ご家族も心配させやがって、そんな奴が旦那になれる訳がねーんだよ。あんたは所詮、彼氏どまりだ。俺とは違うんだよ!」
「何だと、この!」
 顔を真っ赤にして、浩介に殴りかかろうとする海路。三日月が割って入ろうとした時、誰かが海路の頬を思いっきりビンタした。
 ばっちいいいいん!
「い、いたっ、華ちゃん?!」
 見ると、海路を思いっきりビンタしたのは華だった。海路は華に殴られてびっくりしている。
「私は、今日この場に離婚覚悟で来たの」
 立ち上がった華の瞳には涙がいっぱい溜まっている。
「妊娠してから、ずっと不安だった。いい親になれるか判らないし、自分が妊娠した事は正解だったのか、ずっと悩んでた。浩介はかいがいしく世話をしてくれるけど、そういう悩みを言いたくても、仕事の後家事をしてくれるせいで疲れ切ってる浩介を見たら、何も言えなかったの。自分が不安な気持ちとか、苦手な産婦人科に定期的に行かなきゃいけない気持ちを。それに最終的に妊娠する事を選択したのは自分自身だから、自業自得だと思って、何も言えなかった。毎日Xで病みツイートをしてた時、知らないアカウントから私を心配するDMが来て、それが海路だったの。以前のアカウントはブロックしてたから、新しいアカウントを作って、私に連絡してきた。私はメンタルが不安定だったから、以前あった事も忘れて、つい心の内を明かしてしまった。辛い、もう離婚したいって。本気で離婚したい訳じゃなかったのに、でもついそう言ってしまった。現実から逃げたかったから。そしたら、海路が、じゃあ離婚して俺のところおいでって。海路と話したら言いくるめられるって判ってたのに、つい、ほだされちゃったの。それで、海路の指示で、家にある私物を少しずつ整理して、家の中を空っぽにして行った。海路は荷物を全部海路の家に送るよう指示してたけど、私は内心不安もあったから、B市内のトランクルームに大半は預けて、海路には荷物を捨てたって言って、スーツケース一個で海路の居る横浜に行った。これよ」
 彼女の横には大きなスーツケース1つ。これが今の持ち物すべてなのだ。
「海路は、どのみちまた横浜に戻るのにスーツケースを持っていく必要は無いって言ってたけど、もし万が一家に戻れるなら、って思って。でも私から離婚を言い出したのに、そんな事できる訳無いとも思ってた。だけど、この子が」
 彼女は自分の大きなお腹を触る。
「この子が毎日動くの。まるで本当のパパに会いたい会いたいって言っているみたいだった。最初は本気で離婚したいと思っていたのにね。だんだん冷静になって、浩介の元に帰りたいって思うようになったの。でも浩介はそんな事理解してくれないだろうから、離婚を覚悟で来た」
 華は涙目で、夫と元カレをそれぞれ見る。
「浩介の今の話を聞いて、思った。結局海路は都合が悪くなったら逃げるだけ、でも浩介はどんなに辛くても逃げなかった。私、浩介の元に帰りたい。お願い、私を許して」
 浩介はもうそうせずにはいられなかった、だから、華に近づいて、彼女を力強く抱きしめた。
                             次回に続く

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