小説家の連載 妊娠中の妻が家出しました 第5話

〈前回のあらすじ:妊娠中の妻・華に家出された浩介は、妻のXのアカウントも見てみるが、家出先を知るための情報を得る事はできなかった。自分で探す事に限界を感じた浩介は、探偵に妻の捜索を頼む事を決意する。〉

 浩介はインターネットで調べて一番評判の良かった探偵社に電話すると、ここ数日はアポイントが詰まっているので、最短でも数日後と言われた。まずは一度オフィスに来てくださいと言われ、今すぐにでも華を探して欲しかったが、そう言いたくなるのをぐっとこらえた。
 探偵社に行く日は有給を取ったが、それ以外の日は次の日から出社した。浩介の上司は、
「奥さんが見つかるまで休んでていいのに」
 と言ってくれたが、ずっと家に居るのも気が狂いそうだったので、少しでも他の事をして気を紛らわせたかった。ペットが居る訳でも無いから、家に居ても孤独を共有してくれる人も居ないのだ。孤独感解消のため当面の間実家から会社に通う事も少し考えたが、万が一妻が自宅にひょっこり帰ってくるかもしれないという期待感、夫としての責任感から、自宅に逃げる事は選ばなかった。
 それでもやはり、誰も居ない自宅に帰ると、孤独や寂しさで自然と涙があふれてくる。
「華、どうして・・・」
 雪も言っていたが、普段何でもあけすけにしゃべる妻が黙って家出するなんて、何かよっぽどの事があったかもしれない。おまけに居場所は実家ではない、どこにいるかも判らない。妻は察して欲しいとは全く言わない、ある意味でとても扱いやすい楽な女だった。気が強くてわがままだが、その分浩介に対する愛情表現も豊か。妊娠中でも積極的にハグやキスをしてくれて、自分は愛されているという実感が浩介にはあった。だからこそ、突然の妻の行動が理解できず、苦しかった。
 妻の両親とも連絡を取り合っていたが、相変わらず妻からの連絡は無く、妻の両親が連絡しても返さないそうだ。浩介の両親も心配してくれ、母は食欲の無い浩介の為におかずを差し入れてくれたりもしたが、あまり食べる気にもなれなかった。
 
 地獄のような数日に耐え、やっと探偵社に行く日が来た。浩介は死にそうな顔をしながら、ろくに朝食も食べずに探偵社に行った。この探偵社はかなりの大手で、全国に支社があるような大企業だった。浩介が住むB市にもたまたまオフィスがあったので、車で向かう。新幹線の停まる大きな駅の近くにそのオフィスはあった。大きなビルや百貨店などが立ち並ぶ中、そのうちの一つのビルに向かう。全部何かしらの会社が入っているビルのうちのワンフロアだった。エレベーターに乗り込み、探偵社のフロアで降りると、いかにもそこはキレイなオフィスだった。ガラスのドアを開けると受付のデスクがあり、若くて小綺麗な女が受付嬢として座っている。
「いらっしゃいませ。ご予約の方でしょうか?」
「ああ、はい」
 名字を名乗り、妻探しの事で予約を、とぼそぼそと伝えると、受付嬢が内線電話で何かしゃべった。すぐに、奥のオフィスの方から誰かがやってきた。
「お待たせ致しました。今回の件を担当させて頂きます、三日月と申します」
 妻と同い年ぐらいの黒髪の青年が、お辞儀をし、名刺を渡してきた。イマドキっぽいマッシュヘアのような、重たい前髪の髪型だ。服装はビジネスカジュアルで、スーツではない。寝起きの頭で、適当なグレーの部屋着で出てきたような浩介とは大違い。セルフィッシュ探偵事務所所属の三日月という名字の社員だった。
「三日月さん、ですか」
「ええ、変わった名字だとよく言われます。どうぞこちらへ」
 三日月によって応接室へ通された。依頼者と話をするための部屋らしい。紺色のワンピースを着た美人の社員が同じく紺色のマグカップに入った二人分のコーヒーを持ってきて、すぐに立ち去った。
 浩介がコーヒーを一口飲んだのを見計らって、探偵は話を切り出した。
「それで、今日は奥様を探して欲しいという事でお伺いしていますが、詳しく状況をお聞かせ願えますか」
「判りました。妻の華は妊娠中で、今妊娠7か月なのですが、数日前に帰宅したら離婚届がテーブルの上に・・・」
 妻の両親にも説明した内容を再度繰り返しているうちに、浩介は涙が出てきてしまってすすり泣いてしまったが、三日月は落ち着いた様子でずっと聞いていてくれた。こういう依頼者も多いのだろう。
「・・・・という訳でして、もう探偵さんに頼むしかないと思ったんです。妻のXを見ても何も手掛かりが無いし」
「承知致しました。差し支えなければ奥様のアカウントを見せて頂いても?」
 探偵の問いかけに浩介は応じた。探偵は浩介のスマホを凝視していたが、妻の書き込みを見て、深刻そうな顔をした。
「そうですね。今の段階では確証は持てませんが、奥様の居所は、恐らく、誰も思いつかないような所だと思います。友人知人の居るような場所や、ご家族の推測できるような所ではない。言いにくいのですが・・・例えばXで知り合った相手の自宅などに転がり込んでいる可能性が高いと思います。ご家族が探しても見つからないという事は、奥様しか知らないような相手・・・ネットで知り合った相手と一緒なのではないかと」
 三日月の言葉に、浩介は目の前が真っ暗になるかと思った。
「そ、それは、つまり、ネットで知り合った男、とかでしょうか?」
                             次回に続く

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