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連載:「視野を広げる新書」【第4回】『テロルの昭和史』

2023年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?

★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

現在、毎月100冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの教養が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!

「テロリスト」と「真の愛国者」

2022年7月8日、奈良市大和やまと西さい大だい寺じ駅前で参議院選挙の応援演説をしていた安あ倍べ晋しん三ぞう元総理大臣が銃撃されて死亡した。手製の銃から2発の散弾を発射した山やま上がみ徹てつ也や被告が現行犯で逮捕され、殺人・銃刀法違反などの罪で起訴された。

山上被告は、母親が莫ばく大だいな献金をして自分と家族を不幸のどん底に突き落とした「世界平和統一家庭連合」(旧・統一教会)に恨みを募つのらせ、その関連団体を称えるビデオに出演した安倍氏を狙ったと供述している。この事件は、裁判員裁判で審理される予定だが、いまだに「公判前整理手続き」も行われていない。

この事件について、法政大学教授・島しま田だ雅まさ彦ひこ氏は、「暗殺が『奇跡的に』成功したことにより、今まで隠いん蔽ぺいされていた不都合な真実が露呈し、バタフライエフェクトのように、自民党自体の屋台骨が揺らいだ。おそらくは山上徹也容疑者さえ意図しなかった形で政治テロとなった」と分析している(「『安倍銃撃』を通して明るみに出た『日本を売るエリートたち』という大問題」講談社ウエブ2022年11月25日配信)。つまり、結果的な「政治テロ」と解釈するわけだ。

その後、島田氏は「こんなことを言うと顰ひん蹙しゅくを買うかもしれないけど、今までなんら一矢報いることができなかったリベラル市民として言えばね、せめて暗殺が成功してよかったなと。まぁそれしか言えない」とネット番組で発言した(インターネット番組「エアレボリューション」2023年4月14日配信)。

この島田氏の発言は、「目的のためならテロや暴力を容認するのか」「非民主主義的・非人道的」「遺族に謝罪しろ」などの批判を浴びて炎上した。島田氏は「テロの成功に肯定的な評価を与えたことは公的な発言として軽率」だったと釈明する一方、「悪政へ抵抗、復讐という背景も感じられ、心情的に共感を覚える点があったのは事実」と述べている(『夕刊フジ』2023年4月19日号)。

さて、「テロリズム」の普遍的な定義は存在しないといわれている。というのは、その解釈には常に政治的・倫理的な価値判断が入り込むからである。たとえば「カミカゼ」と呼ばれることもある「自爆テロ(suicide terrorism)」は、その名の通り「テロリズム」とみなされているが、その実行者を「殉じゅん教きょう者」と崇あがめる人々もいる。アメリカの傀かい儡らいバティスタ政権時にキューバに侵入したカストロやゲバラは、当初は「テロリスト」だったが、虐げられていた農民らが支援したゲリラ戦で政府軍に勝利した後には「英雄」と称えられた。

本書の著者・保ほ阪さか正まさ康やす氏は、テロリストが「愛国者」として持ち上げられた1930(昭和5)年~36(昭和11)年の昭和初期を「異様」な時代と呼ぶ。とくに保阪氏が重視するのは1932(昭和7)年に生じた「五・一五事件」である。

「五・一五事件」は、海軍の士官、陸軍士官学校の候補生、農本主義団体の青年たちが、「君くん側そくの奸かん」「既成政党と財閥」「官憲」「特権階級を抹殺せよ!」と決起した事件である。彼らは、首相官邸で犬いぬ養かい毅つよし首相を拳銃で射殺した。

本書で最も驚かされたのは、この事件の裁判に全国から100万通を超える「減刑嘆願書」や減刑祈願の「ホルマリン漬けの指」が届き、被告たちが「自分の命はどうなっても構わない。目的は真の日本の建設にある」と涙ながらに訴えると、それを聞いた弁護士や裁判官も一緒に泣いたという「異様」な光景である。新聞や雑誌も彼らを「英雄」扱いし、そこから日本は破滅へと向かった!

本書のハイライト

私は、「昭和史」を具体的に検証、分析する道を歩んできたが、軍人、右翼思想家、さらにはテロリストと言われた人々にも会って証言を求めてきた。その中で最も印象に残ったのは、五・一五事件に連座した軍人、国家改造運動に全力を傾けた青年将校、さらには桜会周辺の中堅幹部などである。ほかにも東京憲兵隊の幹部が戦後、GHQ(連合国総司令部)に追われて地下に潜っているときの話も聞いた。彼らの話は、テロに対して特別の恐れを持っているわけではなく、テロを否定しない。それが不思議であり、こういうタイプの人間たちがテロの歴史をつくってきたのかと思うと不気味な感がした。(pp. 253-254)

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