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自分の人生は自由だって教えてくれる『このあと どうしちゃおう』

こんにちは。櫻子です。
中3男子、小1女子のママとヨガイントラを兼業しているADHD要素ありのHSPです。

中3男子くんが修学旅行に行ってて、なんだか家が静かです。
子どもが二人いるって、気を遣うんだと気づいてしまいました。(いい悪いではなくて、やっぱり人間関係って人が増えるとフクザツになんだなーって)

さて、ヨシタケシンスケ。
昨日、娘ちゃんに「もう飽きた」と言われましたが(汗)、これだけは持っておきたいと言われたのが『このあと どうしちゃおう』。

孫の男の子がおじいちゃんに思いを馳せるお話です。

「こないだ おじいちゃんが しんじゃった」から始まります。
びっくりです。

『このあと どうしちゃおう』ヨシタケシンスケさん

おじいちゃんの部屋から出てきた、おじいちゃんが書いた「このあと どうしちゃおう」ノートを中心に進んでいきます。

すでに長いこと生きて、孫までいるおじいちゃんが"このあと"について考えている、ノートにまとめている。
"このあと"ってつまり、"死"なんですけど、「どうしちゃおう」って、すごく主体的に希望を持って展開されています。

途中、"いじわるなアイツ"の予定まで書いてあって、やっぱヨシタケシンスケさん、おじいちゃんになっても嫌いな人がいるっていうのを許してるって、人生経験を積んだって仙人みたいにならなくっていいんだって、なんかほっとさせて、イヒヒ(クスっではないんだな)とさせてくれて、安心します。

内容はとても楽しくて、でも、それだけではなくて、孫くんはおじいちゃんの心の奥底までも思いやっているのが救われます。

人って、みんな"死"に向かって進んでいきます。

死について1日に一度も考えない奴は莫迦だ、でも、1日に何度も死について考える奴も莫迦だって言ったのは、太宰だったか芥川だったか。

その誰もが迎える"死"について、

ねぇ、それってじぶんのすきなようにかんがえてもいいの!?

『このあと どうしちゃおう』ヨシタケシンスケさん

って、自分で考えるということを教えてくれる『このあと どうしちゃおう』。
そして、孫くんは安心して、ノートを買ってきて

さあ ぼくだったら どうしちゃおうかな。

『このあと どうしちゃおう』ヨシタケシンスケさん

と、考えるのです。
それはとても希望に満ちていて、人生の主役は自分なんだって、力強く教えてくれて、すごく勇気をくれます。

生きていくと、あれはしてはいけない、これをすると嫌われてしまうからやめておこうというように、どんどん制限を受けていきます。
最初は親とか先生とかに言われて、しぶしぶ仕方ないから受け入れて来たのに、いつの間にか自分で自分を制限するようになって、ちっさく苦しく生きている。
あれができたらいいな、楽しいなっていう夢も自分でそんなのできるわけないよって否定するようになったり。

でも、本当は自分で自分のことを「このあと どうしちゃおう」って考えるのは自由なんですよね。

叶わないと嫌だからって、叶わないと傷つくから、傷つくのは怖いし辛いからって、自分を守るために"夢"を持つのを忘れてしまっていたわたしに、自由をくれた本でした。

わたしもノートを買ってこよう。

楽しく、あれやっちゃおう、これもやってみたいってどんどん言語化できたら、
見える世界が変わる、かもしれない。
できない、つまんないって口を尖らせていても、誰も夢を叶えてくれない。
意識が現実を創るって、そういう風が吹いてる時代だっていうし。
少なくともワクワク、やっちゃおうかなーって日々過ごしてる方が、心身が軽くて自由だ。

娘ちゃんは嬉しそうに公園でこれ(↓)を練習してます。(実は家限定別バージョンあります)

読んだ人はわかるはず
娘ちゃんなりの違うパターン


読んでくださってありがとうございました。


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