城崎紀行〜親孝行の旅①
今年91歳となった私の母。
認知症は認めていない。
年相応のもの忘れはあるが、身の回りのことはなんとかひとりで出来ている。
体のほうは、脊柱管狭窄症・腰痛圧迫骨折・坐骨神経痛などがあり、加えて心臓も悪いので、すぐに息切れし長く歩くことが出来ない。
なので家の中では支障はないが、外に出る時は車椅子に乗せて移動している。
外と言っても通院や娘の家などの徒歩圏内。
少し遠出する時は、必ず息子やお婿さんの車に乗せてもらっている。
そんな母を電車旅に連れ出したのは、車椅子を利用するようになってからは初めてのこと。
母も初めて。
もちろん押す側の私も初めて。
きっかけは次女だった。
おばあちゃんっ子の次女は、母を旅行に連れて行ってあげたいと話した。
それも電車で。
私ひとりならそんなこと思い付かない。
だって大変なのは分かっているから。
でも、私以外にも誰か居てくれたら…話は少し違ってくる。
同棲している彼氏くんも行ってくれると言い、私・次女・彼氏くんの3人が一緒なら、車椅子で電車も「いけるのでは」と思い、私はその話に乗った。
旅費は次女と彼氏くんがプレゼントしてくれた。
次女の口から母に旅行の話をした時、母は感激して泣いた。
次女が誘ってくれたことがもちろん嬉しかったのだと思うのだが、何より電車の旅というのが嬉しかったようだ。
自分は長い距離は歩けない。
だから移動は車しか手段がない。
そう思っていたのだろう。
だから電車の旅など諦めていたのかも知れない。
実際、私がそう思っていた。
思いもよらないお誘いに、母は子供のように喜んだ。
そして泣いたのだ。
その時「そうだったんだ」と、何も分かっていなかった自分を知った。
大した贅沢は出来ないけれど、私もしばらく親孝行が出来ていなかったので、それが出来る喜びがあった。
行き先は「城崎温泉」。
特急電車の指定席などは次女が手配してくれた。
車椅子で電車に乗るなんて…、私が一番ドキドキしていたかも知れない。
母は少しなら歩けるので、座席に移り、折り畳んだ車椅子が邪魔にならないよう、端の席を取ってもらった。
それもどのくらいのスペースがあるのか分からない。
それに、良く見かける駅員さんが電車とホームの間にプレートみたいなものを置いてらっしゃるシーン。
アレってやはり必要なものなのか。
無くても3人いれば乗り降りできるのではないか。
何もかも初めてのことで、何も分からない。
行く前から色々調べた。
調べて調べて調べまくった。
すると、同じ思いをブログに書いておられる方を見つけた。
その方も車椅子のお母様を初めて電車に乗せたとのこと。
「忙しい駅員さんの手を煩わせるのもいかがなものかと思いましたが、まず危険が伴うということ、そしてもしそこで上手く乗れなかった場合、電車の出発が遅れてしまう可能性があること、そのことで周りの乗客の皆さんに迷惑がかかってしまう可能性があること、それらを考え駅員さんに介助していただくことにしました」
そのようなことが書いてあり、私も「なるほど」と、これはやはりお願いした方が良いとの判断に至ったのだ。
結果、お願いして大正解だった。
電車とホームの高さが恐ろしく違うこと。
電車とホームの間が恐ろしく空いていること。
普段何気なくその差を跨いで乗っている私たち。
車椅子の方は絶対介助なしでは乗れないということを、実際に利用して初めて思い知ったのだ。
そして何より、駅員さん方の優しさ、ホスピタリティに感動。
発車駅から到着駅までの全ての駅への連携を取ってくださり、またホームだけでなく、エレベーターへの誘導、乗り換えの誘導まで全てを介して下さったのである。
忙しい中、私たち家族だけのために動いて下さり、本当に申し訳ない気持ちになったが、お陰でさらに良い旅になったと心から思う。
母は終始窓から外を眺めていた。
「首、大丈夫?」というくらい、ずーっと(笑)
しかもずっと独り言を言っている。
「わぁーきれい」
「わぁーすごい」
「あれなんだろ」
「へぇー」「まぁー」「うわー」
よっぽど楽しかったのだろう。
ずっと子供みたいにはしゃいでいた。
秋の味覚たっぷりの駅弁を車内で満喫し、彼氏くんが買ってきてくれたプリンをデザートに食べた♪
心配していた車椅子は、先頭車両の荷物置き場に置かせていただくことが出来た。
結構長い時間電車に乗ったが、母は疲れるどころか、一番元気だった。
つづく♡
最後までお読みいただき有難うございました♪
ではまた。 Tomoka (❛ ∇ ❛✿)
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