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<地政学>果たして中国は海洋覇権国になれるのか?

 中国の台頭、このテーマはこの数十年常に関心を呼んでいる。BRICSとかアメリカの衰退といった実態にブームはすべて中国の台頭によって触発された風潮なのだろう。日本は中国と隣接しており、今後の行く末を考える上で中国は重要だ。果たして中国は巷で言われている未来の世界覇権国なのだろうか。それでも19世紀と変わらぬウドの大木なのだろうか。今回は地政学の観点から中国の強みと弱みを分析していきたいと思う。

世界最大の農耕文明

 中国はついこの前まで世界最大の人口大国だった。これは近代以前から変わらない。時代によってはインドに抜かれていたという推計もあるが、インドは無数の小国に分裂していたので、国家という点では中国の方が圧倒的に上だろう。

 中国の強みは耕作可能な温帯の農地が大量にあることだ。これによって古代から中国には大文明が興ってきた。近代以前の世界では交通が困難だったので、人口の多い地域ほど文明の進歩に有利となる。中国は世界で最も文明の発展した地域であり、ローマ帝国にも引けを取らなかった。

 中国の地政学的な構造を考察してみよう。これは中国の人口密度である。

  人口のほとんどが中央部の農耕地帯に居住していることが分かる。ここは世界最大の人口密集地帯であり、たびたび中国本土と言われる。この用語は中国ではタブーなのだが、他に適切な用語がないので使ってしまおう。中国本土は紀元前から漢民族が居住していた土地であり、紀元前221年に始皇帝が中国統一を達成してからほとんど分断されたことがない。分裂状態に陥っても一時的であり、必ず統一国家が成立している。

 中国本土を囲むように周辺の辺境が存在する。北から時計回りにモンゴル・満州・朝鮮半島・台湾・ベトナム・ミャンマー・チベット・ウイグルである。この辺境地域は中国本土に比べて圧倒的に人口が少なく、近代以前は遅れた地域と認識されてきた。中国は辺境地域を支配している時もあれば、支配していない時もある。中国本土の圧倒的な存在感に比べると重要度が低く、その割に支配には苦労している印象である。例えば隋は何度か高句麗遠征を企てて失敗している。巨大な本土を持ちながら、その外部に進出しようとすると割に合わない苦労を強いられるという点で中国はロシアに似ている。両国は鈍重で内向きな大帝国なのである。

中華帝国の安全保障

 世界一の大帝国にも拘わらず、中国は安全保障上の脅威からは解放されなかった。中国にとって伝統的に最も脅威だったのは北方民族である。モンゴル高原に位置する遊牧民は幾度となく中国を侵略してきた。匈奴や鮮卑といった遊牧民の恐ろしさは良く知られている。中国を統一した高祖劉邦も匈奴との戦争に敗北している。遼・金・元・清といった征服王朝は完全に中華帝国の軍事力を圧倒していた。

 もう一つの脅威は海上からやって来た。こちらの方は北方遊牧民よりはマシだった。具体的には日本列島からやってくる倭寇だ。明の時代は北虜南倭という熟語があった。北の遊牧民と南の海からやってくる倭寇が中国の二大脅威だということだ。

 そして中国にはこの二つよりはるかに重要な第三の安全保障上の脅威がある。それは国内の反乱だ。大帝国にとって難しいのは、征服した領土を統治しなければいけないという点である。この手の負担は帝国が大きければ大きいほど問題になる。中国はあまりに巨大なので、安全保障問題は必ずしも外国にあるとは限らない。帝国は強大な陸軍をもって隣国を征服すると同時に領内の反乱を抑止しているのである。中国にはいつの時代も農民反乱が起きてきた。陳勝呉広の乱・赤眉の乱・黄巾の乱・安史の乱、他にも上げればキリがない。中国の歴代王朝にとってこれらの反乱は深刻な脅威だったのだ。

 近世の中国で問題になったのは、経済の停滞だった。ヨーロッパが成長を遂げようとしている中で中国は停滞の沼にはまり込み、完全に差を付けられてしまったのだ。宋の時代の中国は世界で最も技術的に発展していた国だったが、明の時代になると深刻な停滞を見せ、もはや世界で豊かな地域とは言えなくなってしまった。この理由は経済史上のリーマン予想と言っても過言ではなく、もっともらしい説明はいまだに生まれていない。幸か不幸か、棟の中国自身はこのことに数百年もの間、気が付くことは無かった。経済上は衰退が続いていたが、地政学的にはむしろ好条件が達成されていたからだ。

 清朝は乾隆帝時代に絶頂期を迎えた。この時代の清朝は中国の歴代王朝の中では最も強力で、地域覇権国といっても問題は無いかもしれない。実際、ミアシャイマーも近代以前の地域覇権国として清朝を挙げている。近世に入って銃火器が登場すると北方遊牧民は脅威にならなくなった。清朝は中国本土を征服した最後の北方民族であり、中国を征服してからは他の北方民族に立場が脅かされることは無かった。清朝はモンゴルを自治地域として扱い、漢民族とバランスを取るための同盟者とみなしていた。海上の脅威もまだ日本が強大な勢力ではなく、西欧諸国が地理的理由で東アジアになかなか進出できなかったため、問題にはならなくなった。国内も三藩の乱を鎮圧してからは比較的平穏な状態が続いていた。

 地域覇権国というといかにも強そうに見えるが、実際は地域覇権を達成すると国家は安全保障上の課題が消滅するので、不活発になることが多い。アメリカは1865年に南部連合を下して地域覇権国になったが、それから第二次世界大戦までの間、控えめな振舞いしかしていない。この時代の清朝も同様で、海禁政策のもとで海上進出はほぼストップしていた。お陰で大航海時代に全く参加できなかったばかりか、国外の情報すらほとんど入って来なかったのである。清朝はヨーロッパ人が来航してもほとんど関心を持たなかったが、これは自国が完全に満たされているという自信が影響したことは間違いない。

屈辱の100年

 中国にとっての伝統的な地政学的脅威は北方・海上・国内の三つだった。乾隆帝時代の清朝はこの三つをほぼ克服しており、地政学的に非常に理想的な状態だった。しかし、良い時代はいつまでも続かない。中国は19世紀中盤から「屈辱の100年」と呼ばれる時代を迎えることになる。

 19世紀中国にとっての弱みは一にも二にも近代化が遅れたことだ。これにより、中国は深刻な国力の低迷に襲われることになる。これが原因で中国は19世紀の半ばに再び北方・海上・国内の安全保障上の脅威にさらされることになる。

 まず北方民族が衰退した権力の真空地帯を埋めるべく、ロシアが東進してきた。実のところ、ロシアは近代以前の遊牧民によく似た地政学的振舞いをしていることが多い。中国は北方にロシアの脅威を抱えることになった。

 また、1840年のアヘン戦争以降、西欧列強による海上からの脅威が深刻化してきた。中国はあれほどの人口を抱えながら、遠方から船でやってくるイギリスやフランスの遠征部隊に太刀打ちできなかった。工業化の深刻な遅れで正規戦を戦えなかったのだ。

 そして清朝にとって致命傷となったのは1850年代の太平天国の乱をはじめとした国内の反乱である。太平天国の他にも捻軍の乱やヤクブベクの乱など、19世紀後半の清朝は反乱だらけだった。一連の反乱の犠牲者は1億人とも言われている。当時の清朝にとって、一番の脅威は太平天国、二番目はロシア、三番目は西欧列強という認識だったらしい。

 そして19世紀の終わりに日本が急激な工業化を遂げると最大の安全保障上の脅威となる。日清戦争で日本は清朝を瞬殺し、朝鮮半島を奪う。その後も日本の拡張主義は留まるところを知らず、辛亥革命で中国が無政府状態になると、満州や中国本土にまで日本は進出するようになった。同時に中国は国内の共産党の反乱とも戦っており、その共産党はソ連の支援を受けていた。この時代の中国は歴史上最も困難を迎えた時代だろう。

 屈辱の100年は1949年に毛沢東が中国を統一すると終焉を迎える。大日本帝国は崩壊し、西欧列強はアジアに戦力投射できる立場にはなくなり、国内の反乱は完全に抑止できるようになった。中国は強力な中央政府によって統治され、核開発にも成功した。ここに来てようやく中国は大国としての体勢を立て直すことができた。

中華人民共和国の地政学

 毛沢東時代の混乱を経て、中国は鄧小平の改革によって驚異的な成長を見せている。1980年に世界最貧国だった中国は2020年代にメキシコやタイを追い抜く所得水準を達成している。このペースだとロシアにも追いつけるかもしれない。中国は相変わらず人口大国だったので、所得水準が上昇したことで国力は一気に増大した。現在、中国の経済規模はアメリカの7割にも達しており、近代においてここまでアメリカに迫った国は他にないだろう。

 近代以前においては遊牧民が強すぎたため、近代においては中国が衰退しすぎていたため、中国は脆弱な印象を与える。しかし、中国は本当は地政学的に比較的恵まれた国である。

 中国本土は膨大な人口を抱えており、このような国を支配するのは不可能だ。列強の侵略が絶頂期にあった19世紀末ですら、中国の征服を試みた国は存在しなかった。義和団事件の際も8か国連合軍は清朝軍をやすやすと破りながら、中国を征服することの難しさを思い知っている。唯一中国へ全面侵攻した国は日本だが、これは歴史的失敗に終わった。5億の中国人を支配する方法などなかったのだ。海上勢力からの脅威は全て沿岸部の襲撃でとどまっており、内陸部への脅威は(日中戦争を除いて)皆無だった。おそらく超大国アメリカが本気を出しても中国を征服することは不可能と思われる。

 中国の地理をもう一度振り返ってみよう。中国本土の人口密集地は征服困難であり、その周囲を囲むように辺境地域が存在している。これらの地域はいずれも通過が困難だ。シベリアの凍土、中央アジアの砂漠、ヒマラヤの高山地帯、東南アジアのジャングルによって中国は囲まれており、外部勢力を寄せ付けない巨大な島のようになっている。

 現在、中国への陸からの脅威は少ない。冷戦時代は北のソ連と深刻な緊張状態に陥ったことがあるが、現在のロシアは深刻な衰退状態にあり、国力は完全に逆転している。インドは次世代の大国とも期待されているが、ヒマラヤ山脈によって完全に隔てられている。日本とアメリカは中国大陸に上陸して脅威を与えるような状況にはないだろう。19世紀と違い、中国はそれなりに工業力を備えた国に成長しているので、ノルマンディーほどではないにせよ、上陸作戦を行うのは難しい。ましてや日中戦争のような事態になることはない。韓国には米軍基地があるが、北朝鮮が緩衝地帯になっている。

 したがって、中国が次に目指すのは海洋進出ということになる。17世紀の清朝は海洋に一切興味が無かったが、現在の中国はそうはいかない。中国が海洋進出を目指す時の地政学的な目的は二つある。一つは台湾を奪取すること。これはイデオロギー上の目的でもあるが、外洋進出への足掛かりという意味合いもある。もう一つは海洋覇権を確保して海上交易路の安全を図るというものだ。毛沢東時代と違って現在の中国は海上貿易に非常に依存しており、アメリカによって海上封鎖を受ければ存亡の危機となるだろう。例え本土が侵略されなくてもこれは重大な安全保障上の脅威だ。したがって、中国は海軍力を拡張することによって、自国にとって重要な海上交易路、例えばペルシャ湾までのルートを保障することができるだろう。

中国は世界大国になれるのか?

 現在の中国はアメリカに引けを取らない経済力を持ち、地政学的にも比較的恵まれた立場にいる。ではこのポジションを活かしてアメリカと並ぶ、もしくは上回る世界大国になるのだろうか?恐らくその可能性は低い。なぜなら中国は東アジアの地域覇権国になれないと思われるからだ。

 アメリカが海洋覇権国になることができたのは一にも二にも北米の地域覇権国になったからである。地域覇権国になれば地域内の問題にエネルギーを取られる心配がないし、世界にパワーを投射する資源も得ることができる。海洋覇権国になる前に地域覇権国になることは必須だろう。

 東アジアの地政学的状態を考えてみよう。東アジアの顕著な特徴は地域が海洋側と大陸側に深く分裂していることだ。両者の境界は19世紀まで対馬海峡だったが、20世紀中盤には重慶の手前にまで移動した。現在両者の境界は38度線を走っている。この地域の二大勢力である日本と中国はお互いを征服できない。元寇も日中戦争も失敗している。アメリカは東アジアの二大勢力のうち、弱い方に肩入れすれば、簡単に地域覇権を妨害することができる。そのため、東アジアの地域覇権国になるのは極めて困難だ。

 アメリカは第二次世界大戦で中国に肩入れし、日本の地域覇権を頓挫させた。現在は日中が逆転しているので、前回と反対のことを行えばいい。海洋側の日本・韓国・台湾といった地域は中国に国力で劣るが、アメリカが一大拠点としている。このアメリカの同盟ネットワークにフィリピンやインドネシア、それにもしかしたらベトナムが加わるかもしれない。こうした海洋を中心とする巨大な対中包囲網に大陸国家の中国が勝利するのは極めて難しいだろう。

 中国やロシアといった鈍重な大陸帝国は莫大な領土や人口と低い所得水準を兼ね備えているのが特徴だ。このようなタイプの大国は国内に弱みを抱えやすい。日露戦争で日本が勝利できたのはロシア国内で暴動が起こったからであり、その10年後にロマノフ朝は革命で滅亡している。中華民国も同様に、共産党の掃討にエネルギーを吸い取られてしまったために日本と戦うどころではなく、戦後まもなく国共内戦で滅亡している。ソ連は徹底した全体主義支配によって国内不安を一掃したが、こうした強引な政策は深刻な弊害を生み、あっけなく自壊している。

 中国の成長スピードを考えると、日本やアメリカに所得水準が追いつく可能性は低くなっており、中所得国の罠からは逃れられないだろう。したがって、中国はおそらく今後も国内問題と無縁ではいられない可能性が高い。中国共産党がどこまで持つかは分からないが、深刻な景気後退などが発生した場合、政情不安が発生しても誰も驚かないだろう。となると、中国は陸軍にエネルギーを注がざるを得ず、海洋国家への転身は難しいのではないかと思われる。中国の海軍はアメリカに比べて明確に弱いままであり、日本本土を征服して地域覇権国へと駆け上がるのはほとんど不可能となる。

まとめ

 長々と考察を行ったが、まとめてみよう。中国は莫大な人口を抱える大帝国であり、辺境地帯によって隔離されているので比較的安全な立場にある。外敵に陸から脅かされることは考えにくい。ただし、中国は大陸帝国という特徴により常に国内に弱みを抱えることから、アメリカのように島国家として振舞うことは難しく、今後も大陸国家のままだろう。そのため、中国海軍はアメリカ海軍とその同盟ネットワークに対抗できず、東アジアの地域覇権国になるのは難しいと思われる。

 中国がアメリカを上回る世界大国になる方法はこのまま経済成長を続けて先進国になることだ。この場合は国力でアメリカを圧倒するだけではなく、国内の安定も図れるため、中国は海軍国家へと転身することができる。制海権を握られた日本は屈服し、中国は東アジアの地域覇権国になる。アメリカは西半球の周辺海域を守るので精一杯となるだろう。ただし、中国の現在の成長率を考えるとこのシナリオが実現する可能性は年々薄らいでいる。

 また、考慮に入れるべきは少子化だ。中国の人口は急速に減少しており、そのペースは公表されているよりもひどい可能性がある。日本は少子化で国防に不安を抱えるという議論があるが、おそらく人口減少のペースは中国の方が早いだろう。海軍の場合はそこまでマンパワーを必要としないので徴兵可能年代の減少は問題にならないだろうが、経済の縮小は避けられない。このため、中国の国力がアメリカを超えるには一人当たりのGDPが少なくともスペインやポーランドくらいの水準が必要かもしれない。この水準を達成する難易度は高く、中所得国の罠を抜け出さない限り、目標達成は困難だ。

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