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【小説】ヒマする美容師の副業#2 クルマ乗っ取り魔女(前編)

今日も店の南側のガーデンテーブルセットに自販機のコーヒーを持ち込んでひとりカフェ気分を楽しんでいると、カオリの声が聞こえてきた。
「相変わらずヒマしてるみたいね。ちょうどよかったわ。副業の依頼なんだけど。とにかく聞いてもらえるかしら」


【カオリの前口上】
エンドロールを眺める視界には出口に向かう人達も交じってくる。同じ空間で同じ映画を観ていたのにシアターを出ればおしまいの関係は潔くて気に入っている。すでに物語にも決着がついていてこれ以上気をもむ必要はないが、どうしてあの結末なのかとかを思ったりするこの時間が好きだ。ひとりで映画を観るのはこのひとときを堪能したいからに決まっている。

好きな人と一緒に映画を観る日を夢見てたんだと前夫に懇願されても、それだけは無理と突っぱねていたらお別れするはめになった。その前の夫とは、旅行はそれぞれシングルルームでなきゃいやだと言い張ってたら婚姻解消となった。その前は……あらいやだ、もう思い出せない。親にはいい加減大人になりなさいと呆れられているけど簡単ではないんだ、あたしにとってはね。


外に出ると雨が降り出している。外出中の雨は悪くない。何といっても傘が差せる。傘があれば人の顔を見なくてすむし自分の顔もさらさなくてもいい。実家の子ども部屋に出戻ったばかりのあたしは幼なじみのタカシの前では強がっているけど本当は人とは会いたくない。知り合いに出会って
「カオリじゃないの、久しぶりね、お茶する?」なんてことになったらまた根掘り葉掘り聞かれるかもしれないから全力で回避したくなる。


雨を幸いにバッグでアタマを覆うふりをしながら実は顔を隠して急ぎ足でクルマに乗り込んだそのとき、後部座席のドアが開いた。
えっ?何?
振り返ると黒ずくめの女がすでに座っている。あの水ねだり魔女とは違う新たな魔女の出現?
いったい何者?てか何?

「こんにちは。同じ映画を観た人と話したいなと思ってつい乗り込んじゃいました。雨も降っているので」


一瞬何を言われたのか分からなかった。友人の誰かにどっきりを仕掛けられたとか? どうしていいのかわからないくらい混乱しているのに口は勝手に動いてしまう。
「そういうこと突然言われてもですね」
「ええっ? あの映画観たのにそんなこと言うんですか? あなたとはいろんな話ができると思ったのに。当てが外れましたよ」
「一人勝手に期待して落胆して楽しい方ですね。あなたはそれでいいでしょうけど降りてくれませんか」


「では聞きますけど、なんのためにあの映画を観たんですか? 見る前と後で世界観が変わらなければ単なるヒマつぶしじゃないですか」
と笑いながら魔女が言う。いきなり変な人に絡まれたとしか思えないあたしは落ち着いていられなくなった。


「映画を観るたびに世界観変えててどうするんですか? そんなんじゃ生きていけませんよ。第一、生きていること自体がヒマつぶしでしょ」
と半ばやけっぱちみたいに言葉に出すと、理由はわからないがワクワクしてきている自分に気づいてしまった。また悪い癖が出かかっているのか?


それにしてもだ。いきなり赤の他人がクルマに乗り込んでくることを想定できるだろうか。あたしは動揺して、つまりは日常に浸りきったアタマとカラダを揺さぶられていた。どういう暮らしをしていて、どういう発想をしたら得体のしれない人間が待ち受けているかもしれない他人のクルマに乗り込めるのか。その理由を知りたくなってしまった。


あたしが何度もパートナー選びに失敗していることとは関係ないかもしれないけれど、他者とは交差する関係だと思っていて出会ったときに何とかしなければ永遠に遠ざかる存在だと信じきっているところがある。だからクルマ乗っ取り魔女をとりあえずは呼び止めて時間稼ぎをする作戦に出た。


「あの頼みがあるんですけど。カットモデルを引き受けてくれませんか」
「えっ? 唐突すぎませんか?」
「いや、ただの返礼ですよ。唐突にクルマに乗り込んでいただいたので唐突にカットモデルの依頼をしてみた、それだけの話です」
「理解に苦しみますねぇ」
と魔女は頭をひねっているけれど、それにはかまわないで
「お互い様ですよ。都合のいいとき、連絡ください」


タカシから預かっているショップカードと積んであった傘を提供すると魔女は拍子抜けするくらいあっさりとクルマから降りてくれた。あたしは大急ぎでエンジンをかけアクセルを踏んだ。クルマが動き出して初めて冷たい汗がながれているのに気付いた。


「どう? 会ってみたくなったでしょ? コーヒー飲んでいるヒマがあったらお仕事しましょうよ」

そんなこんなでヒマする美容師である俺はカオリに押しきられた体を装いながら今回も報酬に目がくらんで依頼を受けてしまった。


〚クルマ乗っ取り魔女の物語〛

あたしには本当は話すことなんてない。逃げた男を追っかけているという大義名分で見知らぬ土地から土地へ流れているだけのこと。男は手がかりさえ残さずに忽然と消えた。そうとしか思えない。探し始めてどれくらいのときが流れたのかわからなくなった。もはや本気で探しているのかさえわからなくなってしまった。男の真似をしたわけではないけれど、あたしも同じところにとどまらないよう転々と住まいを変える生活をしてきたので生存の痕跡は極めて少ない自信がある。だからもしも今日死んだとしても葬儀で語られるエピソードは見つからないだろう。


ところが最近になって母親から男はすでに死んだと聞かされた。疑い深くなっているあたしだけど、さすがに母親はウソをつかないだろうから男が死んだのは事実だと認定した。あたしをじっと見つめ続けてきたその男はおとなしい、よくいうと物静かな人間で一緒にいても何も話さないのだった。そういう人間がなぜあたしのような薄情な女に恋をしたのかは今でもわからない。


「あなたには興味がないから」
「あなたのことは全然好きじゃない」
「あなたのことは大嫌いだ。顔を見るだけで気分が悪くなる」
思いつく限りの悪態をついても男は毎日あたしの家にやって来た。もともと母親同士が仲が良いのでふつうにリビングに通されてコーヒーを飲み母親手作りのお菓子を食べる。でも天気の話しかしない。最初はおもしろがっていた母親だがそのうち飽きてきたのか、どうにかしなさいよと言い出す始末。


あたしもなんだか面倒になってきて、一緒に暮らしたら愛想をつかして逃げていくに違いないとお試し同居を提案したのだった。男の喜びようといったら天地がひっくり返るほどの大興奮だった。お試し同居はママゴトみたいで何をやっても目新しくて意外なくらいあたしは笑っていた。なのに3日後、男は姿を消した。


あたしを勝手に好きになったかと思ったら突然いなくなるなんてホント迷惑すぎる。事故なのか事件なのか、ただの家出なのか。なんの手がかりも残さず姿を消すなんて絶対許すものか。ぼんやりとテキトーに暮らしていたあたしなのに急に戦う女になっていた。男を何が何でも見つけ出してとっちめてやる!


だけど男は死んだ。それなのに死んだ男がアタマから出て行ってくれない。男を探し回っていたとき、いっそ死んでくれたらいいのにと思ったこともあった。だが、実際死んでしまってからも男は居座り続けている。どうにかして男を追い出したいと映画を観たり本を読んだりしているけどそれこそヒマつぶしだ。映画が終わると空っぽなのに問いだらけの世界が待っている。それが嫌で見知らぬ人のクルマに乗り込むという奇行をしでかしたのか。


それにしてもクルマの女がカットモデルになってくれと言い出したのには戸惑ったが、あたしに負けないくらいヘンテコリンなところは気に入った。もう少し、あの女と話してみたいとも思い始めていた。

次回へ続く。





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