あんりむ

リングフィットアドベンチャーをゆるゆるなやり方で3年以上続けている運動音痴です。

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最近の記事

【小説】ヒマする美容師の副業#4 チョウチョは飛んだのか(2)

不審な動きをする黒い塊を追ってというか誘われるようにカフェに入り、彼女の背後となる席を選び腰をおろすと急に体調の悪さに捉えられた。 不調は今に始まったことではなかった。これまでに経験したどの不調とも異なっていることが不安をあおり受診をためらわせ現在に至っている。初めて生命の危機に遭遇しているのかもしれないけれど診断がつくまではあらゆる妄想が許される。寿命が尽きかけているかもしれないと思い込むと今日という一日がとたんに輝き始めるのはどう受けとめたらよいのか。 世の中の多くの

    • 【小説】ヒマする美容師の副業#4 チョウチョは飛んだのか(1)

      予定のない一日を過ごしたいと代休を取った。アラームをオフにした朝を迎えられると思うだけで笑みがこぼれてしまう。それなのに目が覚めるとまだ暗かった。眠っても眠っても眠れる身体を維持できていると無邪気に信じていた昨夜のわたし。 予定のない一日にちょっといい気になっていたのに燃やせるゴミの日なのを思い出した。今日は何もしないと決めていたはずなのにゴミ出しをスルーできないだろう。誓って潔癖症ではないし、有毒ガスは発生しないだろうけれど悪臭が部屋を支配するという恐怖から逃れられないだ

      • 【小説】ヒマする美容師の副業#3 水ねだり魔女のパパ登場

        あいにくの雨だが、この世の終わりみたいに忌み嫌うほどではない。暴風雨ではないので海には行ったが波が悪すぎた。こういう日もあると店先のガーデンテーブルセットで通りを眺めているとお約束のようにカオリが現れた。 「タカシってもしかして閉所恐怖症なの?」 「いきなりの話題だな」 「だってこんな雨降りに外で缶コーヒー飲んでるなんて意味不明だわ」 「他人のすることを理解したがる方が無謀だよ。ところで、よほどの用があるんだろうね」 「タカシのことだから気付いてるかもしれないけれど、また

        • 【小説】ヒマする美容師の副業#2 クルマ乗っ取り魔女(後編)

          あたしは何がしたいのかわからなくなっている。見知らぬ人のクルマに乗りこむなんてどうかしてた。幸い大事には至らなかったけど、さすがに末期的症状だと認めよう。そのうち、とんでもないことをしでかすのではないかと本気で自分のことが怖くなった。どうにかしなければ…… Life is beautifulという名前の美容室で髪を切ってもらっている。なんでこんなところに座っているのだろうとも思うけれど、特にやりたいことのないあたしとしては他人が敷いてくれたレールに乗っかるのはヒマつぶしには

        【小説】ヒマする美容師の副業#4 チョウチョは飛んだのか(2)

          【小説】ヒマする美容師の副業#2 クルマ乗っ取り魔女(前編)

          今日も店の南側のガーデンテーブルセットに自販機のコーヒーを持ち込んでひとりカフェ気分を楽しんでいると、カオリの声が聞こえてきた。 「相変わらずヒマしてるみたいね。ちょうどよかったわ。副業の依頼なんだけど。とにかく聞いてもらえるかしら」 【カオリの前口上】 エンドロールを眺める視界には出口に向かう人達も交じってくる。同じ空間で同じ映画を観ていたのにシアターを出ればおしまいの関係は潔くて気に入っている。すでに物語にも決着がついていてこれ以上気をもむ必要はないが、どうしてあの結末

          【小説】ヒマする美容師の副業#2 クルマ乗っ取り魔女(前編)

          【小説】ヒマする美容師の副業 水ねだり魔女(後編)

          すれ違いざまに男が耳元でささやいた。 「俺と沖縄に行かないか」 「行く、行くわ沖縄。でも、明日まで待って」 「どこで待ってればいい?」 「駅ビル5階のカフェ、本屋さんの隣だからすぐわかるわ。9時半までには必ず」 明日まで待ってもらったのはおばあちゃんの顔が浮かんだせい。あたしを頼ってくれているおばあちゃんにきちんとさよならを言いたかった。 翌朝、 「少しだけ旅行することになったの。しばらく帰れないけど心配しないで」と伝え、念のため同じことを大きな文字で書いて冷蔵庫に貼った。

          【小説】ヒマする美容師の副業 水ねだり魔女(後編)

          【小説】ヒマする美容師の副業 水ねだり魔女(前編) 

          築34年のビルの1階で美容室をやっている。といってもひとりサロンだし同じビル11階にある実家の子ども部屋から出る予定なしの気楽な身の上ではある。どこかで誰かが俺のことを子ども部屋おじさんと言っているかもしれないけれど、親とは友好関係を保っているし職場も近くていいこと尽くめだ。美容室にホームページやクーポンはなく徒歩圏内のご近所さんとそこからの口コミの客がすべてだが今のところ経営危機ではない。 このビルは少々変わった構造をしている。南向きに建てられたビル中央の1階と2階部分

          【小説】ヒマする美容師の副業 水ねだり魔女(前編) 

          ルームメイトは野球がお好き

          【短編小説#6】 桜の開花予想が話題になり始めるとルームメイトの美和ちゃんが浮かれ始める。大切にしまっていた推し球団のユニフォームとタオルを部屋中に飾りつけているのを見ると、野球狂想曲がヒタヒタと迫ってきているのを感じる。 いついかなるときも、いついかなる場所でもライブ中継を見逃さないために美和ちゃんはプロ野球セットを契約し、テレビでもスマホでも対応できるようID連携したりと大忙しだ。どっちみち野球最優先で生活しているのだからその契約は不要だろうと思うのだが口には出さない

          ルームメイトは野球がお好き

          【小説】ウソの行方 #3

          目が覚めた。ソファで寝落ちしたようだ。寝返りをうてるほどの広さは認めるが、これほど心地よい目覚めは何年ぶりだろうか。すでに両親はいないのに実家というだけでここまで熟睡できるとは。単なる建造物を超える何かが実家には秘められているのだろうか。 何ひとつ予定はなかった。大雑把にいうと何ひとつ義務もなかった。こういうなじみのない環境を与えられると人は突拍子もない行動をとるものだ。俺はキッチンに立っていた。実家を出てから料理なんて全然していなかったのに。 キッチンには何のにおいも残

          【小説】ウソの行方 #3

          わたしのコーヒー時間

          映画やドラマで起きぬけにコーヒーを飲むシーンにあこがれて何度か挑戦してみたけど、どうやっても気分が悪くなる。空っぽの胃がうけつけてくれないらしい。なのでわたしのコーヒー時間は朝食後となる。いや、空っぽの胃を気遣うのならコーヒーの前にフルーツとかパンを食べれば何の問題もなさそうなのだが起きてすぐには食べれないのだ。 それに季節を問わず朝一番の食事としてはできたての味噌汁もしくは温かいスープの一択となる。そういうわけだから毎朝の胃をととのえてからのコーヒーを飲む時間はようやくた

          わたしのコーヒー時間

          【小説】ウソの行方 #2

          東京に戻ると、どこかで見張っていたみたいにミズキから電話が入った。 「葬儀、お疲れ様。わたしには何も言ってくれなかったわね」 「なんで知ってんの?」 「同郷だよ、わたしたち。実家に毎日電話してるからなんだって知ってるよ。いとこのホタルさんがユウスケの実家にいることも」 今までなら聞き流していたはずのミズキの言葉がイチイチ癇に障った。そうだよ遺品整理もあるし忙しいんだよ、じゃあなと電話を切った。ミズキは結婚してからもときどき連絡をよこしたが、いまとなっては生存確認をされていた

          【小説】ウソの行方 #2

          再登場 TSUGUKIT

          二度と使うことはないだろうと思っていたTSUGUKITをクローゼットから引っ張り出してきました。 人生初めての金継ぎから半年以上経過しました。その間、欠けたり割れたりした食器は意識することなく不燃ごみに出してきたのに、なぜ今回は修復する気になったのか。 その答えはすぐにわかりました。わたしは器の内側に色絵などの装飾が施されているとメロメロになるようなのです。最近、行くようになった和食のお店がそういう器を使ってくれていることも影響しているのかもしれません。食べ進めるときれいな

          再登場 TSUGUKIT

          【小説】ウソの行方 #1

          明け方の4時過ぎ、いとこのホタルから電話があった。脳梗塞で入院中の父の容体が急変して助からなかったという知らせだった。ごめんね、突然で間に合わなかったと泣きじゃくっている。気にすることないよ、いろいろとありがとう。とにかく帰るからと電話を切った。 7年前には母が死んだ。自殺したのだ。連絡がつかなくなって3日目に山奥の温泉宿で見つかった。父との確執のあげく自死を選んだというのに、父と何回も泊まった宿で最期を迎えた。母はどこまでも夫しか見ていなかったと確信したのは俺一人ではない

          【小説】ウソの行方 #1

          『記憶する体』を読む#4 封印された色

          前回はメモを取る全盲の女性を読んだ。 今回は井上浩一さんという、六歳のとき完全に見えなくなって点字を使いこなす方の話だ。彼のローカル・ルールのひとつが封印された色なのだという。 ▼ 封印された色とは❓ 井上さんは六歳まではいろんな色を見てきた。その色の記憶は彼の頭になかに保持されている。ところが、六歳というちょうど文字を覚え始めるころに失明したため、彼の頭の中にある色は名前を持つことができなかった。つまりはたくさんの色の記憶を持っているにもかかわらず色と言葉が結びついて

          『記憶する体』を読む#4 封印された色

          『記憶する体』を読む#3 メモを取る全盲の女性

          前回は究極のローカル・ルールを読んだ。 究極のローカル・ルールを携えて、メモを取る全盲の女性の固有性に迫っていこう。 見えなくなって10年 インタビューに応じてくれたのは西島玲那さんという方で完全に見えなくなって10年以上経っているとのこと。前回でも触れたが玲那さんのメモを取る能力は見えなくなってからもまったく劣化していない。これを著者は鮮度を保ったまま真空パックされているかのようだと表現している。そのメモは記録のためではなく、自分の話を整理するためのものだという。彼女

          『記憶する体』を読む#3 メモを取る全盲の女性

          『記憶する体』を読む#2 究極のローカル・ルール

          前回は前口上を書かせていただいた。 エピソード1でメモを取る全盲の女性がいると知って最初に思ったのは見えていたときの習性でつい書いてしまうのだろうということ。でも全然違っていた。彼女は書いているあいだ指で筆跡を確認することなく、さっき書いた場所に戻って強調するために数字や文字を丸で囲ったりアンダーラインを引いたりすることができるというのだ。しかも地図まで描ける。全盲になって10年もたっているのにだ。そのことを疑う気は毛頭ないのだが、いったいどうなっているのかが見えてこない。

          『記憶する体』を読む#2 究極のローカル・ルール