見出し画像

堀川弘通『白と黒』【勝手に西村晃映画祭②】

わたしがいちばん敬愛している映画監督は成瀬巳喜男だが、その成瀬巳喜男の助監督(『驟雨』など)についたこともある堀川弘通というひとの映画もかなり好きだ。
関わった作品数や『評伝 黒澤明』を著すほどのつながりの強さからすると、「黒澤明の助監督であったひと」と言うのが順当ではあるのだが。
こんな書き出しで始めておきながらも、堀川弘通は「◯◯の助監督」とだけ説明するのでは不十分なほど立派な映画作家だ。監督デビュー作の『あすなろ物語』、『女殺油地獄』、『裸の大将』…悔しいことにまだ全作品コンプリートできていないが、いずれも素晴らしい出来。

今回言及する『白と黒』は、上記の『女殺油地獄』でもタッグを組んだ橋本忍の脚本を映画化した作品。(作品としては後者の方が好みなのだが、「西村晃映画祭」の趣旨から外れてしまうので今回は置いておく)
まったく一筋縄ではいかない橋本忍の作劇を楽しんでもらうためにも、なるべくあらすじには触れないように紹介しようと思う。

新人弁護士・浜野(仲代達矢)が、世話になっている人権派弁護士・宗方(千田是也)の夫人(淡島千景)と痴情のもつれで揉めて首を絞めて逃走するところから、物語は始まる。自身のアパートに逃げ帰った浜野は、夫人が絞殺されているのを発見した宗方邸のお手伝いから連絡を受けて宗方邸へ戻る。その場で事情聴取に応じる浜野は自責の念にかられ自白しようと逡巡するが、そのとき屋敷の近くをうろついていた宝石泥棒が逮捕される。しかし浜野はその後も良心の呵責に悩まされ、検察官の落合(小林桂樹)に真犯人が別にいるのではないかと言ってしまう──。

本作での西村晃はこの事件を担当する捜査一課の刑事・平尾という役で、本編開始早々から登場し、落合とともに事件に翻弄される役回り。なお、落合の部屋付きの秘書?役が浜村淳で、なかなかすごいメンツである。
そもそも、警察側も検察側も脇が甘い。これは明らかに脚本レベルで印象付けられていることだ。井川比呂志が好演する泥棒を根拠が甘いまま逮捕し乱暴な取り調べで自白させようとしているし、その後の検察側の取り調べも甘い。
風刺されているのは警察や検察ばかりではない。当局の発表の風向きに応じて世論がコロコロ変わることも描かれて、マスコミも風刺されている。何かと物語を見つけたがる(もしくは、作ろうとする)無責任さ、そしてそれに飛びつく我々の安易なところは残念ながら今もなおあまり変わらないなあ、と思う。
コメンテーター役に松本清張と大宅壮一が特別出演している。わたしは大宅壮一が動いているところを今回初めて見たので、「あの大宅文庫の大宅壮一!」と凝視してしまった。

繰り返しになるが、キャストがみな素晴らしい。西村晃にはじまり東野英治郎、浜村淳、山茶花究、三島雅夫、そして井川比呂志と、登場すれば安心する俳優ばかり出演している。
一方の女性陣も、少ししか登場しないのに強く印象に残る淡島千景にはじまり、あかるくやさしい主婦を演じる乙羽信子と力強く自立した現代的な女性演じる大空眞弓の各者それぞれ個性を発揮している。この手のジャンルは男性ばかり登場して主要キャストをつとめる女優の人数が極めて少ない傾向にありそれは本作も例外ではないのだが、彼女たちが素晴らしいことは強く強調しておきたい。

また、小林桂樹と仲代達矢がサシで向かい合う後半のとあるシーンは圧巻である。
苦悩が滲み出るインテリ青年役として仲代達矢はずっと陰気な顔をしており、喋る時はずっとボソボソと話す役どころなのだが、目だけが光をたたえるショットが多い上記のシーンでも異様さが際立ち、これがなんとも不気味。ドストエフスキーの作品に出てくる人物を体現したかのよう。村井博による撮影がノワール調に寄せた堀川弘通の演出と調和して、しっかりと効果を発揮している。


この作品を観ていて一番こわいと思うのは、二転三転する状況のなかで浜野だけでなく検事の落合まで後戻りできない状況へ陥っていくこと。小市民的な性分を持っているからこそマスコミの持て囃す風潮に少し乗っかってしまい、仕事の本分からも外れてしまった落合が向き合う責任。マスコミのチヤホヤを「宣伝になる」と喜んでいたのに、いざとなると梯子を外す上層部。どんなひとの身にも起こり得そうなことが生々しく描かれている。これから観る人にはぜひ最後まで味わってもらいたい。
橋本忍は、世の中は不完全な人間たちが蠢くところだとよく知り尽くしていたひとだったのではなかろうか。人間が克服し得ない愚かさこそ一番厄介で描きがいがあり、愛おしい。…橋本忍の脚本に触れるときはいつもそんなことを思う。

あー、『女殺油地獄』の話もしたい!この作品ではまさに「心の甘え」の恐ろしさが描き出されているので、ぜひ観てほしい。

本編中落合の痔の話が何度も出てくるが、些細なようで作劇の緩急をつけるのに役立っている。そんなところにも注目しながら観るとより面白いのではないか。
あとどうでもいいけど、平成生まれとしてはホステスや給仕の女性の体にベタベタ触る昭和のクラブの描写を見ると時代を感じる。「まあ、時代がかってるし…」とすぐ思い改めますが。少しずついい世の中になってるんだなあ。

※サムネイルはamazonプライムから引用しました。
(https://www.amazon.co.jp/白と黒-小林桂樹/dp/B01MTQID27)


ていうか、9月にDVDが発売されたばかりなのに宣伝も情報も少ない気がする!
まあ、劇場で上映していて可能ならその時にさくっと観にいっちゃうのがおすすめの作品ではあります。
取り止めない内容ですみません。今日はこのあたりで!
ごきげんよう。

https://www.allcinema.net/cinema/140788

『白と黒』(1963)
東宝作品
監督:堀川弘通
脚本:橋本忍
撮影:村井博
音楽:武満徹
出演:仲代達矢、小林桂樹、井川比佐志、浜村淳、乙羽信子、淡島千景、三島雅夫、東野英治郎、西村晃、大空真弓、小沢栄太郎、松本清張、大宅壮一
尺:113分
アスペクト比:スコープ(2.35:1)

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?