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【短編小説】コーヒー党のヴァンパイア(18〜20話・あとがき)


18 ヴァンパイアの治療

蛍光灯に透かすと、薄い紫色の液体はガラス瓶の中で優雅に揺れた。
「なあに、それ。香水?」チョコレートを齧っていたゆきさんが不思議そうな顔をする。
院長は私に、スミレのエキスで作った目薬をくれた。薬学の専門でもない院長の言葉を信じるなら、スミレに含まれる紫の色素は、紫外線からの刺激を和らげてくれるらしい。
「太陽が出ていない夜でも、紫外線は降り注いでいるんです。だから、夜型の生活をしていても、完全に目の負担を減らすことはできないって」
「あぁ、それであの白衣」
いつの間にか院長は、白衣をスミレ色に染めてしまったのだ。
仕事を終えてクリニックを出た。おそるおそる、目薬を一滴垂らしてみると、世界の色が変わった。月も星も、優しい紫色に輝いている。

19 ヴァンパイアの必需品

日が落ちる頃、宅配便が来た。月に一度まとめ買いをしている、生活必需品が届いたのだ。
ダンボールを抱えて部屋に運び込む。
中には、飲料水のペットボトルとコーヒー豆。そして甘納豆。
さっそく湯を沸かしてコーヒーを淹れる。お茶請けは、一つまみの塩を振りかけた甘納豆。
これが、コーヒーによく合うのだ。

20 ヴァンパイアの誕生

日暮れの図書館には、珍しく先客がいた。黒ずくめの洋服に身を包んだ女性が一人。彼女が熱心に読んでいるのは、表紙に「産婆学」と書かれた古い本だった。眼鏡は本のページに押し付けられ、潰れかけている。
助産師になるため勉強をしているのだろう彼女に、私はこう言いたかった。
「生まれる前は、誰だって暗闇の中にいます。それは昼間の世界が危険な場所であるからではないでしょうか。それでもあなたは、私を昼の世界に引き摺り出そうとする。生まれ出た私たちは昼の世界を生きて、少しずつ蓄積されていく毒のように太陽を浴びている」
彼女は、顔を上げずに本を読み続けている。
昼と夜。ここに始めの分断がある。生と死と同じようにくっきりと。
私もいつか、夜の世界から出て行く日が来るのだろうか。
映画館の暗闇に、白いスクリーンが開けるように。母の腹からもう一度、生まれ出るように。昼の世界を生きる日が。
私は図書館の重い扉を押し、明ける気配のない夜に漕ぎ出す。

0 あとがき

夜の隅で生きている人たちのことを書こうと思いました。
それは今の私にとって、切実なことだったからです。
私にとっては意味のあることだった。
書くことで、もうこの人たちは存在することになりました。
この世界に彼らが存在すると思うと、私は幸せな気分になります。
この感情を味わえただけでも、この短編小説を書くことができて良かったです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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