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旅路に街灯りが染みる夜

チベット・インド旅行記
#27,国境へ③


【前回までのあらすじ】世界の屋根チベットから隣国ネパールに向け、バスは道なき道をゆく。

バスはネパール国境へ向け、一路西へ進む。

シガツェの町のさらに先、ティンリの村は、まだまだチベット色の残る片田舎で、来たるべき冬に備えてか、屋根の上には枯れ枝がこんもりと積み上げられ、燃料に使うヤクの糞も壁にたっぷりと貼り付けられていた。


薄氷が張った小川の傍では、寒さで頬を赤くした少年少女たちが、白い息を吐きながら登校の途中。
暇そうな外国人を見つけては、「ハロー!ハロー!」と人懐っこそうに手を振ってくれた。

バスの出発まではまだしばらく時間がある。
食堂に入りメニューを見ると、隅にはなんと「ヤクカレー」の文字。

今まで家畜としてチベット人たちが連れて歩く姿は散々拝んできたが、まさかカレーの具材として再会することになるとは思ってもみなかった。


もちろんオーダーはヤクカレー、一択。
ワクワクしながら料理を待った。


待つことしばらく、どんぶりに並々とよそわれてやってきたヤクカレーは、カレーというよりは「猫まんま」といった感じの装いで、パサパサとした白米の上に味噌汁のようなスープカレーがバシャっとかけらた素朴な一品だった。

具材は角切りになったヤクの肉と、ジャガイモのみのシンプルな取り合わせ。


さて、肝心のお味だが、意外や意外あっさりしていてこれが中々イケる。


ヤクの肉は鳥の胸肉のようにクセや臭みがなく、クミンやカルダモンの爽やかな風味と合間ってすいすいとスプーンが進む。
ほくほくしたジャガイモのアクセントも箸休めに丁度良い。


あっという間に完食してしまった。

そして昼過ぎ、出発の準備を終えたバスに乗り、次の町ニャラムへと向かった。

ニャラムの町に着けばもう国境は間近。
長かったチベットの旅も終わりを迎えようとしている。


日本、韓国、中国、ウイグル、そしてチベット。


何かに流されるように、風に吹かれて漂うように、ここまで旅を続けてきた。


ここから先、地平線の向こうでは一体何が待ち受けているのだろうか。

まだ見ぬ新しい土地にそっと想いを馳せてみた。


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ニャラムの町に着いたのは夕方過ぎ。

ニャラムは山の谷合に細長く伸びた、しなびた温泉街のような雰囲気の町で、灰色にそびえる山々をバックに、同じく灰色にくすんだコンクリートの建物が建ち並び、谷底に流れる河からは湯気のような煙が立ちのぼっている。

バスはさびれたガソリンスタンドに到着し、給油とメンテナンスを始めた。

その間に乗客は食堂で簡単な夕食を済ませる。


チベット最後の食事は、ヤクの乳と小麦粉を練って作った伝統食ツァンパ。
ねばねばもちもちとした生の団子のようなツァンパを箸で切って口の中に放り込み、もしゃもしゃと食べる。


同席のチンゴンやマリカは、ネパールに着いたら温泉を浴びようなど、次の土地の話で盛り上がっている。
何か新しい事が始まる。そんな期待に胸を膨らませているのだろう。



何気なく窓の外を見やると、ぼんやりと薄暗いガソリンスタンドで、せっせと給油をし、フロントガラスを拭く地元の女の子が見えた。


黙々と雑巾を絞り、かじかんだ手でフロントガラスを磨く女の子の後ろ姿。


当たり前と言えば当たり前の話だが、こんな遠く離れた土地にも暮らしがあり、灯りは点り、人は生きている。




でもなぜだろう、旅を続けていると時々それが不思議に思える時がある。

彼女はこの町で日々を営み、何かを思いながら生きている。

私が国境を越えて、この町を去った後も、彼女はここで生き続けていく。

そんな暮らしの灯りがここには確かに点っている。


旅の侘しさが日暮れた町に染み渡る。


遠く、本当に遠くまで来てしまったという実感。

二度と引き返すことの出来ない道を、今まさに歩んでいるという実感。


そんな当たり前だけれども不思議な世界をなぜか覗き込んでいる、
「私」という人間がいるという実感。 


そしてバスは給油を終え、深い暗闇の中へと漕ぎ出していく。


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ガタンという音がして、バスは山道に入った。

ここからは国境に向けて一気に2000mの高度を下る。


真っ黒に塗りつぶされた山々の間を縫うように、つづら折りの山道をガタガタとバスは降りていく。


真っ暗なバスの車内でシルエットが揺れている。
私もチンゴンもマリカも、乗客は皆黙りこくったまま、バスが暗闇の中を駆け抜けていくのをじっと見つめている。

ガタン、ガタンとバスは揺れながら、螺旋を描き下へ下へと向かっていく。


どれぐらい走っただろうか、真っ暗な窓の外、遥か下の方にチカチカと光るものが見えた。

深い深い谷底で、そうめんのように細長い白い河がチロチロと流れている。


じっと谷底を見つめていると、まるでバスが谷底の河に向かって真っ逆さまに落ちていくような錯覚に襲われ、思わず手に力が入った。


ガタン、バスは揺れる。

 

ネパール国境まであとどれぐらいだろうか。

旅は今、さらなる深みへと差し掛かろうとしている。 

 


⇨ネパール国境編へ続く



【チベット・インド旅行記】#26,国境へ②はこちら!


【チベット・インド旅行記】#28,ネパール編はこちら!

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