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初めての助手席

「ただいま」

「おかえり!ご飯は?もう食べる?」

「うん。ありがとう。その後少し期末試験の勉強するね」

「あら!頑張って!」


「ごちそうさま!ママ、ありがとう。美味しかったよ!」

「じゃあ、勉強、頑張ってね。夜食欲しかったら言って!」

「うん。ありがとう。」


ーーバンドマン、か。

そんなことを、ふと考えつつも、

私は期末試験の勉強に励んだ。絶対に負けない。負けてたまるか、と。


試験範囲も、要点も分からないまま、教室に教科書も置いたまま。

ひたすら参考書を見て、勉強した。


ーーそして、試験当日。

「辛かったら、すぐに連絡してね。迎えに行くよ。」

「ママ…。ありがとう。大丈夫!行ってきます!」


久々の通学路。

前は当たり前だった光景。


門をくぐり、数ヶ月ぶりの上履きに履き替える。

「よし。」


別館にある特別選抜クラスへ向かう。


ーー大丈夫。試験を受けるだけ。


ーーーーガラガラガラッ

扉を開けた瞬間、一斉に注目が集まるのがわかった。


「まじかよ・・・」

そんな声が聞こえてきた。

席に座ろうとしても、席替えがあったのか、自分の席が分からない。


「れいちゃん。れいちゃんの席、ここだよ」

そうクラスメイトの女子がいう。

「ありがとう」

親切のつもりか、哀れなのか、それ以上は何も話しかけてこなかった。

たった4人の女子クラスメイトだったのに。

私はもう、その輪には入れなかった。


そして、試験が始まった。

始まってしまえば楽だった。

それぞれの集中が試験に行く。

私なんて、誰も気にしない。


試験が終わり、帰り支度を始めていると、

クラスの男子たちが黒板の前に集まり、

「きもい」

「生きてたことがアンビリーバボー」

「お前はもう退学」

など、あらゆる悪口を書いているのがわかった。


私に聞こえるように、

「期末試験だけ受けにきたとかきもくね」

「もう不登校の時点で人生オワコン」

「身体でも売るんじゃねーの、お前いくらだったらいい?」

など、耳を塞ぎたくなる話が飛び交っていた。


誰も助けようとしない。

誰も止めようとしない。


教室に置いてあった荷物も全て持ち、

もう二度とこの学校には来ない。そう決めて、そのまま教室を出て、門を出た。


駅まで歩くと、また誰かに何か言われるかもしれない。

そう思って、駅と逆方向に、何の当てもなく歩いた。


ー重い。身体が重い。荷物か。荷物があるからこんなに重いんだ。


15分ほど歩いて、急に力が抜けた。


膝から崩れ落ちるように、膝を抱えて泣いた。

また静かに、声を殺して泣いた。


散々泣いて、ふと、財布に手を伸ばす。


ーーーー

アキト

090-*@$3-#8*0

*us729372¥¥@docomo.ne.jp


あきとさん・・・


「はい」

「あきとさん・・・会いたい・・」

気づいたら携帯を手にとって電話をしていた。


「ん?れいちゃん?」

「・・・」

「今どこ?」

「わからない。」

「何が見える?駅は?」

「**高校から●●駅の真逆に歩いてきて、●×っていうショッピングセンターが見える」

「わかんないな・・●×ってショッピングセンターに入れる?そこで待ってて」

「いいの?きてくれるの?」

「行く。必ず行くから、待っててね」


ーーあきとさん・・。ありがとう、ありがとう。


私はショッピングセンターへ向かい、彼を待った。


♪〜♪〜♪〜♪〜

「はい!」

「れいちゃん?着いた。地下の駐車場、来れる?Dの出口近くに停めて待ってる」

「・・はい。」

ー会いたい。早く会いたい。

小走りで、重い荷物を抱えて、私は必死に彼の元へ向かった。


ーー・・・どれだろう。どの車だろう・・


「れいちゃん!!こっち!」

「あきとさん!」

「ごめん、すぐわかった?」

「ごめんなさい、はこっちのセリフです。わざわざすみません。」

「あーあー、こんなに目を腫らして。ほぼすっぴんじゃん。こう見ると、やっぱ幼いね。はい、助手席どーぞ。」


私は助手席に座ったまま、泣いた。

今度は声を我慢せず。

子供のように、誰の目を気にすることもなく。

アキトさんは、車の外にでて、タバコを吸いながら何も言わず、

私が落ち着くのを待っていた。


「もう、大丈夫です。すみません。いきなり。」

助手席から下り、声をかける。

「もういいの?俺のことなら気にしないで。あとこれ。冷たい水。飲んでもいいけど、目を冷やしな。」

「え・・・ありがとうございます。あと・・、さっきから何回かあきとさんの携帯鳴ってて…誰かと約束あるんじゃないですか?」

「やっべ!忘れてた!!でも、まぁ大丈夫!こっちはなんとかなるから!」

「そんな!もう行ってください。ここから帰れます。」

「いいよ、家の最寄駅どこ?そんな遠くないでしょ?送ってく。」

「いや、本当に大丈夫です。」

「いいって言ってんの!言うこと聞いて。じゃなきゃ、せっかく車で来たのにもったいなくない?笑」

「すみません・・わざわざ。」

「いいの。もう謝らないで。なんか謝らせてるみたいで悲しくなっちゃう。笑」

「・・・本当にありがとうございます。ありがとう。」

「いいから!会いたいと思った時に会えるように番号渡したんだし、これでれいちゃんの番号も分かったし!俺が会いたい時も来てね。笑」

「はい。絶対来ます!!」

「冗談!笑 いいよ。無理しないで。じゃ、行こっか。」

「ありがとうございます。」

家まで送ってもらう途中、何を話したか全然覚えていない。

あきとさんの携帯が、ずーっと鳴り続けていたことだけ覚えている。


その携帯のバイブ音を聞きながら、

ーーきっと素敵な、大人な彼女がいるんだろうな。

ーーもしデートだったんなら、申し訳ないことしてるよな…。

ーーでも今日だけ。今だけ。あきとさんと一緒にいたい。

ーーまた明日から、私頑張るから。


「ここらへんかな?着いたよ。こっち口でいいのかな?」

「あ!はい!大丈夫です。本当にありがとうございました!」

「いえいえ。気をつけてね。またいつでも、連絡して。」


そう言うと、彼は去っていった。


家に帰ると、母が駆け寄ってきた。

「おかえり!お疲れ様。大丈夫だった?」

「うん。ありがとう。大丈夫。ママ、私、転校していい?公立高校。ちゃんと今のレベルと同じくらいのところ、受ける。」

「もちろん!その方が近くて安心だしね!お母さんも調べたけど、公立高校の編入試験は、転勤とかの引っ越しを優先されるから、れいちゃんみたいな事情だと、その高校の偏差値よりもだいぶ上の学力がないとダメみたい。頑張れるの?レベル、落としてもいいんだよ。」

「ううん!頑張る!環境を変えられるためなら頑張れる。あいつらを見返すの。あいつらのためにレベル下げるなんて、悔しいもん。」

「れいちゃんらしいね。よっしゃ!じゃあ、2学期から入れるように、一緒に頑張ろう!」

「うん!ありがとう。」


その日、私は彼にメールをした。


・・

あきとさん、今日は本当にありがとうございました。

私、今の高校を退学して、公立の高校へ編入します。

ずっと悩んできたけど、今日すっきりしました。

ありがとうございました。

今度、お礼させてください。

・・

その日、あきとさんからメールが返ってくることはなかった。


それから、1週間が過ぎても、彼から連絡が来ることはなかった。


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