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二〇一六年の短歌

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ドイツ暮らしを日記がわりに短歌にしたためました。
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記事一覧

二〇一六年十二月の短歌

ゆで卵鍋底を打つこつこつとこつこつとした日々少しさみしい

この地では桃はオレンジ色なので桃色を「ももいろ」と、言えない

いちにちじゅう毛布にくるまる私たちくたくたになったポトフみたいね

気付いてる? あなたがわたしを褒めるのは髪を下ろしている日だけだと

湯たんぽは準備してくれなくていいあなたの躰じゅうぶん熱い

顎のヒゲ抜けども抜けども生えてくる女であるのに逆らうみたいに

鰺焼けば真白き

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二〇一六年十一月の短歌

オーブンのスフレ膨らみ窓の外見れば難民背丸めて行く

彼の焼くホットケーキが香りたつ土曜、秋晴れ、薬缶の蒸気

憂鬱と一緒に放てばくるくると楓の翼果地を目指しおり

黄葉の木々のすきまにちらちらと子らのヤッケはより鮮やかで

「下手でしょう、昔はもっと弾けたのよ」と鍵盤なでれば外は初雪

マフラーに顔をうずめて雪のなかあの人待った冬の故郷よ

ふわふわと決して積もらぬ初雪のはかなさ我の卵子にも似て

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二〇一六年十月の短歌

夏過ぎしトスカーナの丘ただゆけばこちらへおいでとイトスギ揺れて

足指を壁蝨に喰われし搔痒は焼却したし思い出に似て

ささやかな沈黙すてきで「秋だね」の言葉のみ込む駅までの道

目覚めてもまだ夢のなかにいるような窓を開ければ霧のミュンヘン

金曜は彼に逢うかもしれない日虫刺されの痕そっと隠して

東京で育てたプライドTシャツの「TOKYO」の文字的存在

夕暮れにテーブル越しにキスをする若いふたり

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二〇一六年九月の短歌

埃舞う小道に落ちた無花果がむんと匂いしトスカーナの夏

さざめきとコルク抜く音響きおり夜に溶けゆく古都ヴェネツィアよ

不機嫌なゴンドラ漕ぎが空仰ぎキャノチェのリボン潮風に舞い

夢だったきれいなジェラートふたすくい小さな私に見せびらかして

きゅうくつなジーンズの裾を折り曲げてティレニアの海泡立てる君

革靴をきゅっと鳴らしてイタリアの粋な男が早足で駆け

炎天下日傘の先に鎌首をもたげる蛇の揺れ

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二〇一六年八月の短歌

野の花の香る小道を自転車でひとこぎごとに遠ざかる東京

しゃくりあげた幼児の涙に嫉妬するまた君みたいに泣けたらいいのに

半夏雨濡れて丸まる青褐の鳩居る窓辺に頬杖つきて

今日君に優しくするのは浮気する夢を見たからコーヒーいかが?

ごうんごうん食器洗浄機の音に閉じこめられる午後三時半

きらきらと揺れる光をよく見れば風に吹かれる蜘蛛の糸なり

隣人の子あやす歌に午睡してまだ見ぬベニスの夢を見てい

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二〇一六年一月の短歌

転がったじゃがいも拾う連帯感くつくつ笑いが広がる夕暮れ

ぴんと立つ短い白髪を引っ張ってその強情さに驚き、あきらめ

隣人の老女の咳が響きおり壁から染みだす聖夜の孤独

隣人の老女が聖夜にひとりきり眺めるテレビはSATC

迷彩服着れなくなったと腹たたくあなたはかつて兵士だったのね

灯が揺れるモミに駆けより我先に包み紙やぶる子らの歓声

海からの風に砂舞うテルアビブ猶太の男の帽子が落ちて

ベル

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二〇一六年二月の短歌

サーカスのポスター眺める難民の目は虚ろなり地下鉄の駅

とんかつを揚げた私の髪からは母の匂いがして郷愁

春近く分厚いヤッケ脱ぎ捨ててあなたと走る雨上がりの道

あの人に素直にダンケと言えたなら素敵なセーター一枚買おう

責任を取ってくれるの本当に? 深くなりけり目尻のシワの

丘のぼる空は快晴気温二度さえぎるものなく堆肥はかおりて

雨やまぬ日曜の部屋薄暗くあなたのうなじの匂いかいでる

いたず

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二〇一六年三月の短歌

夕暮れの油のうえの断末魔あなたの血になるムネ肉縮む

群青の空を切り裂く鎌のような月をみていたあなたとふたり

弦月の説明すれば君は言うここでは「鎌」とそれを呼ぶのだと

ヤドリギが宿る木宿らぬ木がありて草の世界も人気投票

春近し樺の根元に寝転んで見上げた空の毛細血管

楽しい日ほど深くシワが刻まれてまるで天罰下ったみたいに

いつの日かあなたはそこに住むのよと絵本を眺める私を抱きたい

亡き祖

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二〇一六年四月の短歌

啄木鳥の巣づくりの音聞きながらとろとろ微睡む日曜の朝

洗いたてのシーツにもぐって眺めてたあなたの肩に落ちた光を

幸せが見つかるかしらぬかるみの蹄鉄のあとたどってゆけば

内臓を見せて空むくヒキガエル我は生きたと呵々大笑し

脇役の少女が喝采浴びた夜のトゥーランドットの気分、みたいな

生まれたての子牛のあたまをなでながらシュニッツェル思う私を許して

木から木へ飛ぶリス指さし声あげる君の寝グセ

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二〇一六年五月の短歌

しあわせがここにあるのは知っててもいつもなにかを探して彷徨う

ここではないどこかへ行きたい症候群千切りにして大鍋でゆで

永遠にフィルムの君は若いまま「あきらめるな」と呪いをかける

眠れぬ夜あなたの寝息月あかり秘密の小箱ひとり開いて

幸せであればあるほど部屋の隅の黒猫ひたりとこちらを見つめ

白アスパラゆでる香りでいっぱいのきしむ階段のぼってただいま

裏庭の緑のカーテン濃くなって隠れてキス

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二〇一六年六月の短歌

雲の下解体される観覧車見ないふりしてペダルを踏んだ

はつなつに逝った祖母の部屋でひとり「卒業写真」口ずさむ母

お客さま用の伏せたティーカップから祖母が作りし押し花ひらり

神楽坂一年ぶりに降り立てばペコちゃん焼の香りが「おかえり」

風船ガムはじめて作れたいい日だね。じゃあ次はなにに挑戦をする?

悲しくもわたしが大人になったのは蜂蜜の適量がわかった日

ずる休みしてカウチに寝そべって不倫の相

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二〇一六年七月の短歌

地下鉄でぽろぽろ零れ落ちるようなヒジャブの子たちのおしゃべり愛し

意地悪なふりをするけど知ってるの最後のいいとこ私のものね

いつまでも空の端あかるい夏至の夜の月をみていたあなたとふたり

夏至の夜のあなたのいないバルコニー月の光が背骨にしみる

退屈なクラスの窓に鳩飛んでケバブのにおう移民学校

友人があなたの国で死んだのと言いかけやめる移民学校

大海をゆくはずだった幾千のピンクの粒を歯でつ

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