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ブルーナさんの瞳


ミッフィーと私

ミッフィーは、生まれた時から隣にいた。母が好きだったからだろう。タオルや、お皿など、身近なところにいつもミッフィーがいた。

アニメも見ていた。物心ついた時にはNHKで「ミッフィーとおともだち」が放送されていた。人形が動いているような映像で、とてもふんわりとした印象のかわいいアニメで、お気に入りだった。しっかりとした内容はあまり覚えていないのだが、小さかった私は、アニメに出てくるお花を、いつも、美味しそうだなーと思っていたことを覚えている。そのお花は、普通に描いたような、花びらがあって、ギザギザした形ではなくって、葉っぱの上に、赤、青、黄色のボールが乗っかっているような姿だった。

もう一つ、ミッフィーのアニメがあったはず、と思い調べてみた。そちらは人形のような立体的な感じでなく、平面的な感じだったはず。すると、「ブルーナのえほん」という番組があった。これだ!確かに、あのアニメはミッフィーだけでなく、オーケストラの楽器を紹介してくれるようなお話もあったなぁ。VHSに録画してもらっていて(おそらく、VHSが通じるのは私たちがギリギリ世代だろう)、何回もみたはずなのだ。でも、そのビデオも誰かに譲ってしまったのだろう。手元に無い。

展覧会へ

こんな感じで、ミッフィーに思いを馳せているのは、先日、ブルーナの作品を紹介する展示会を見に行ったからである。すると、いつも何気なくそばにいたミッフィーが、それまでより、さらに愛しく思えてきた。

ミッフィーの絵本で特徴的なのは、色だ。ブルーナは絵本に使う色を、赤、青、緑、黄だけにした。後に、茶、ねずみ色を加えることとなるが、それは絵の都合上、付け加えるしかなくて、のことだったという。くっきり、はっきりとした色は、私達の素直な感情を呼び起こすような鮮やかさだ。しかし、この色はただの色彩の原色ではなくって、「ブルーナカラー」と呼ばれるものらしい。原色に少し黒が足されていて、はっとさせる鮮やかさでありながら、どこか落ち着いた、深みのある色になっている。ブルーナさんは、

「赤は、あたたかい家族とうれしいときの色。
黄色は、あたたかい家の中と楽しい気持ちの色。
緑は、豊かな自然と生命の色。
青は、よそよそしく冷たい色。」
(誕生65周年記念ミッフィー展 展覧会図録より)


と表現している。少ない色数は、ブルーナさんの、表現をまっすぐ届けるための工夫なのだった。

もう一つ特徴的なのが、登場人物たちが、こちらに対して、いつも正面を向いていること。彼女たちは常に私たちを見つめていて、本を開くと、絵本の世界に吸い込まれるような感じがする。丸くとても簡単なつくりのように思える小さな目だけれど、時に優しく、時に少し冷たく感じる印象的な目でこちらを見ている。
ブルーナさんは、ミッフィーの表情を2つの点と、バッテンで表した。このとてもシンプルで少ないパーツを、微妙に変化させるだけで表情を作っていたのだ。これは、とても難しいことで、他の人には簡単にできないことらしい。確かに、ミッフィーを描いてみよう!と思ってもなかなか上手に描けない。「パーツはこうだったはずなのに、なんか違うな…」というあの現象が起こるのには、そういう訳があったのだ。ブルーナさんは、小さな読者がより親しみを持つようにと、いつも真摯に机に向かい、ミッフィーを描いていたみたいだ。その証拠に、ミッフィーは初期の頃から少しずつ姿を変え、より愛らしい姿になった。耳の先が丸くなったのがわかりやすい部分だ。他にも、目の形、目と目の間の幅、顔の形などが微妙に細かく変わっている。ブルーナさんの、作品に対するひたむきな真面目さが感じられる。こうして優しく温かい、ミッフィーが作られていた。でも、耳の尖った少し前のミッフィーもかわいい。語彙力が乏しくて申し訳ないのだが、最近のに比べ、オシャレな感じというか、研究され尽くした、ブルーナさんのデザイン力が感じられるような。それにしても、ブルーナさんが毎回緻密な調整を繰り返した作品だ。姿が微妙に違っても、いつも私たちに寄り添うかわいいうさぎちゃんであることに間違いないのだった。

シンプルなデザインに、少ない配色。幼かった私には簡単そうに見えた、ブルーナさんの絵は、とんでもなく計算され尽くしたものだった。
ブルーナさんは、出版社を経営する父のもとで育ち、父は息子に後継ぎになってほしいと思い続けていたそうだが、ブルーナさんは、デザイナーの仕事を全うする人生を選んだ。最初は父の出版社の表紙デザイナーとして働いたそうだが、彼は自分の作品への情熱を絶やさず、研究し続けた。その素晴らしい結果が、日本では「うさこちゃん」シリーズとして愛されるミッフィーだったのだ。

ブルーナ作品の展示会へ行ったとき、ミッフィーや仲間たちの作品だけでなく、ブルーナさんが、出版社で働いていたときの作品も見ることができた。小説の表紙をデザインしたものが多く、彼が工夫を重ねながら作品づくりをしてきたことがわかった。どれも素適な作品なのだが、ミッフィーの絵本のような雰囲気とは一味違い、色や、形、線の使い方を実験するような面白いものだった。わざと、描いた線をはみ出すような色の塗り方をしていたり、線が踊っているような作品もあった。また、推理小説シリーズの表紙では、主人公を、いわゆる棒人間のような、簡単なデザインで描いているのだが、各巻を表す、あらすじのようなデザインで、ユーモアが溢れていた。また、本が怖い内容でも、表紙は怖くしないことも、ブルーナさんのこだわりだったみたいだ。そして、それらの小説には黒いクマが描かれている。これは、ブルーナさんがデザインした、「ブラックベア」という黒いくまだ。赤い目は、本の読みすぎで充血している、という設定のかわいいくまだ。ブルーナ社は「ブラックベア」シリーズの本を出版していた。そのため、ブルーナさんは、ブラックベアシリーズの小説の表紙に、時にはポケットのような小さな場所に、時には大胆に大きく、デザインを大事にしながら、黒いくまを描いていた。ユーモアを忘れない、新鮮さも大事にする部分も、ブルーナ作品が愛される理由なのだと思う。

ついにやってきた、ミッフィーブーム

今、新たなミッフィーブームが来ている。ミッフィーが今までずっと、幅広い世代に愛されていたことに変わりはないのだが、若い世代に火がついたのが大きい理由だろう。じわじわとミッフィーグッズを目にする機会が増え、最近では必ず、雑貨屋さんにミッフィーコーナーがある。そして私も、ミッフィーグッズ探索隊の若者の例外ではない。素直に、ミッフィーをたくさん目にすることができて、身につけることができて、嬉しい。なのだが、グッズの中には、ふんわり、かわいいパステルカラーでまとめてある物もあり、「ブルーナさんだったらこんな配色じゃないだろうな…」なんて思ってしまう、新規ブルーナファンなのであった。

ミッフィーの、私たちを見つめるまっすぐな瞳。優しいのに、どこか力強く見える黒い瞳は、ブルーナさんの、作品に対する、少年のような無邪気な探究心のように感じられる。