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Being Imaginative and Creative-Maggie’s Tokyo Ep.2-


前回記事:スタートライン -Maggie’s Tokyo Ep.1

がん患者やその家族、近しい人々が疲れ切ってしまった時、羽を休めに訪れるサンクチュアリ、病院でも自宅でもない「第二の我が家」、マギーズ・センター。訪れた人々は少し非日常的で素敵な空間に身を置き、心を落ち着け、スタッフとの対話により頭と心を整理する。マギーズ・センターは、がんとともに生きて行くための様々なサポートを無料で提供する英国発祥のキャンサー・ケアリング・センターだ。

空間へのこだわり

マギーズ・センターの大きな特徴の一つは、その空間にある。外観は医療に関する施設とは思いもよらない、建築家の独創性に満ちたシンボリックで非日常的である一方、一歩足を踏み入れると、どこか親しみがあり、あたたかで光溢れる空間が広がる。壁面の大きなガラスが中と外をつなぎ、室内でもまるで外にいるような開放感がある。そこにいるだけで、心が安らぎ満ちたりてくる。

Entrance

マギーズ東京は中庭を挟んで2棟の平屋建ての建物で構成されている。1棟はモデルハウスを移築し、渡り廊下をつけて2棟が一体的に見えるようになっている。そして屋根の素材はガルバリウムを使用して色調を銀色に統一した。

建築監修をした阿部勤さんは、「中心のある家」というホスピタリティ溢れる自宅を自らの手で設計した阿部勤さんだ。名建築として有名な「中心のある家」は、建築好きなら知らない人はいないのではないだろうか。

2017年には東京国立近代美術館で開催した「日本の家 −1945年以降の建築と暮らし−」に出品され、2018年には「中心のある家」が舞台となった映画「蝶の眠り」が公開された。建築された1974年から現在までに100を超える取材があったというこの建物は、このように多くの人々を魅了してきた。日光や植栽、土や木のぬくもり溢れたシンプルな家はいわゆるデザイナーズ建築とは一線を画し、居心地の良い空間だ。

この「中心のある家」のように木を使い、長く暮らしやすい建物を設計してきた阿部勤さんは、マギーズ・センターの趣旨や活動に共感し、建築監修を引き受けたという。

豊洲にある建築用地は2022年までの期限付き(当初は東京オリンピック開催の2020年までの予定が延長)の借地で現在のマギーズ東京は仮設の建物になるが、2016年10月オープン以降、1年間の利用者は6000人を超え、英国本部によると初年度としては多くの来訪者数を達成しているという。平均すると1日に25人前後、多い日には40人程度がマギーズ東京を訪れている。

丸5年活動を続けてきて、ロケーションの良さは証明された。2022年以降移転した際には軽量鉄骨プレハブ構造ではなく、恒久的な建築物に建て替える予定だという。

創意工夫で実現した癒しの空間

マギーズ東京は都心に位置しながら豊洲の海に面した静かな環境にあり、マギーズ・センターの建築要件も満たしている。英国のマギーズ・センターとは異なり、日本では個人や企業の寄付による資金を得ることが難しい低予算の事業にもかかわらず、創意工夫により居心地の良い空間を実現している。

マギーズ東京には低予算で抑えるための工夫が随所に見られる。例えば、平屋2棟を中庭で廊下を渡してつなぐ配置の工夫や、アネックス棟は建築関連のイベントで活用したものを移築し再利用している。本館は予算の関係で軽量鉄骨プレハブ構造だが、木のぬくもりのある空間にするため、床、壁、天井を木材で覆い外観を木造建築のようにしている。このようにして低予算にもかかわらず様々な工夫により豊かな空間を作り出すことを実現した。英国のように暖炉や大きな水槽はないが、マギーズ東京の周りには運河という水辺がある。また、室内空間を仕切る障子を開け放すと広々とした空間に、閉じればプライベートを確保する個室を作ることができる。効率性はもちろん、日本特有の建具により空間に日本らしいアクセントと安心感を与えている。紙も元をたどれば木である。コンクリートのような人工的な素材とは異なり、加工されてもなお自然と触れ合うようなぬくもりや豊かさは伝わってくる。また石やレンガ造りの建造物を主とした文化が根付く英国には英国の親しみやすい空間というものがあるのと同様に、時代を経てもなお木造建築は日本人のメンタリティーにしっくりくるのではないだろうか。

マギーズ東京の離れの一棟は全て国産材が使用されている。林野庁の国産木材を使用するキャンペーンの一環として建てられたモデルハウスを移築し、すでに建設されていた別棟と渡り廊下でつなぎ、中庭や屋外の植栽を整備して、室内からガラス戸越しに緑が見えるようにした。

また、室内の家具や照明といった調度品も質の良いものが揃えてられている。ランプシェードは柳宗理事務所から、また老舗の材木屋さんから厚意で樹齢350年の木材の一枚板を使用したテーブルなども寄贈されたそうだ。寄贈品も建築・アートコーディネート担当者らの審美眼でコントロールされているため、すべてを受け入れるわけではない。建物だけでなくその周辺、室内のクッション一つとっても、強い空間へのこだわりがあり、それが独特の居心地の良さとマギーズ・センターのアイデンティを保ち続けている。

低コストでも質の高いデザイン

マギーズ東京の内装デザインは、ガラスの引き戸や建物をぐるりと囲む大きなガラスからは陽の光が入り、床から天井まで木材がふんだんに使われている。多くの病院や医療施設の床や壁、天井が白で統一された閉塞感ある無機質さとは一線を画す、外と中をつなぐような明るく柔らかな空間となっている。大きなガラス戸から光が差し込み、日当たりの良い開放的なダイニングとキッチンがあり、折り上げ天井で空間に変化と豊かさをつくり出している。樹齢350年の木材を使用した大きな一枚板のテーブルや柳宗理デザインの和紙の照明、クッションなど、空間のデザイン性を高めるのは寄付されたアイテムだ。

空間と空間の間仕切りに障子が使われていたり、日本人が親しみやすくどこか落ち着きを感じる木材や紙が多用されている。ガラス戸越しに見える空と海のブルー、庭の植栽のグリーン、木材のブラウンを基調とした空間のアクセントとなるパステルカラーのクッションは、英国の著名なテキスタイルデザイナー ウイリアム・モリスの娘、メイ・モリスのデザイン。胸に抱えたり、首を持たれかけさせたりできる勾玉のような形状をした、よくフライトで首をもたれ掛けさせる枕のサイズを一回り大きくしたようなクッションも置いてある。このクッションを抱えてみると、思いのほか自分の腕や頭の重みを実感する。身体を委ねると体が随分と楽になることが分かる。何かを抱くということは安心感にもつながる。何気ないが自分ではなかなか気づくことのできない、そして誰でも簡単に自宅でも真似できるセルフメディテーション、安らぎの方法を学ぶことができる。

テキスタイルメーカーからの寄付による上質なテキスタイルを用い、手先の器用なボランティアスタッフがお手製でクッションを作ることもあるという。細かな部分もコストを抑え、高いデザイン性を保てるよう、随所に創意工夫が見られる。

取材協力:マギーズ東京

Special Thanks: Masako Akiyama

Illustration: Dayoung Cho

Text & Photo: Riko

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