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死者の国から。母の話その1

私の母は私が10歳の頃に病気で亡くなったが、とても不思議なことを引き起こす人だ。

亡くなっているのに現在進行形のような書き方なのは語弊ではなく、不思議なことは全て亡くなった後に起こっているからだ。

その一つ目の話。

中学生の頃、その日どうしても学校に行きたくなくて家に隠れていたことがある。父は仕事で不在だし、隣家に住む祖母も誰もいない家に来ることはないはずだった。
ところが登校時間が過ぎたばかりの、学校から連絡があるような時間にもならない時に、いきなり祖母が家に入ってきた。

私は制服姿のまま、家の一番奥にある父の寝室のベッドの下に潜りこんだ。
田舎ゆえに無駄に部屋が多い実家で、他にまず探すべき部屋や場所がいくらでもあるはずの家の中を、なぜか祖母はまっしぐらに一番奥の父の寝室に入ってきた。

そしておもむろに、落ちているゴミを拾う仕草でしゃがみ、ベットの下に隠れている私を発見し、吃驚の叫び声をあげた。
(驚いたのはこっちだよ…)

ここまでだと祖母が凄いという話になりそうだし、凄いというか勝手に無人の息子の家に上がり込むやばいバアサンにも思えるが、母の闘病中から父や私たち孫(私には兄がいる)に尽くしてくれた祖母は私にとって母以上に母的な存在だし、93歳で天寿を全うするまで本当に穏やかで優しいばかりの祖母だった。

その祖母曰く、「典子さん(母の名)の声がした」とのこと。

祖母が隣家の自分の家で、庭仕事でもしようかと支度をしていたとき、急にこの世にはもういないはずの母の声で「マキが…」と、だいぶはっきりと聞こえたというのだ。

不思議に思いながら庭にでると、なんとなく私の家のほうからその声がしたような気がして入ってみた、入ったら孫のマキがというより、亡き嫁が奥の部屋にいるような気がして来てみたと言っていた。

…やはり祖母が凄いのかもしれない。
亡き嫁に呼ばれて不思議に思う程度でいられるなんでメンタルが鋼すぎる。

ともあれ、そのあとは祖母は何も聞かずに学校に休みの電話をしてくれて、私は祖母の家で昼ごはんを食べたりしてぬくぬくと1日を過ごした。たしか祖母は私が黙って休んだことを父にも言わなかった気がする。

私がその日どうしても学校にいきたくなかった理由は、はっきり覚えていないが友達関係だったと思う。その日に限らず小学校の頃から学校に行きたくない日が定期的にあったし、その理由は全て友達関係だった。

それは母の生前からあったことで、母も私のそういう気性を知っていたし、ゆえにそれらの悩みがいつもそこまで深刻なレベルではないだろうことも分かっていただろう。でもその日の私の行動はそれ以前にはなかったことで、死者の国で下界を見ていた母の何らかのセンサーが反応したのかもしれない。

こんなふうに母はいつも、私の周りの生者を指令のように動かすことで、私の窮地にいつも行動を起こすのだ。

中学時代の話はもう1つあるし、私が大人になってからも2回ある。そのことはまた次回に書くことにする。

以前は、そんな母の不思議な話を、よほど心残りがあるのかと思っていたが、自分にも子どもができた今は、それくらいの事はできて当たり前のような気もしている。

私だって子どもが自分の力で生きれないうちに死んでしまったら、余裕で現世に干渉し始めるだろう。
しかもあまり見境がない性格ゆえ、直接手を下しちゃったりするのではないか。

とすると、不思議な話でもなんでもないのかもしれない。
この話で凄いのは、やっぱり祖母なのかもしれない。

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