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二刀流 その1 

(16)月子さんへ (CC ノブちゃん)
 
 バイセクシャルの人と出会うのは、初めての経験でした。それまでゲイやレズビアンの人と会ったことはありましたが、男でも女でも両性が恋愛とセックスの対象だという人と出会ったことがありませんでした。ノブちゃんが初めてです。たぶんノブちゃんがバイセクシャルだから、好きになったのかもしれません。
 あなたも知っての通り、ノブちゃんは中肉中背で中・高ではサッカー選手だったのでかなりの筋肉質です。カッコイイ男、イケメンです。彼女がいないというのが信じられないほどでした。何しろテキパキと仕事をしている姿が素敵でしたよね。
 あの夜からLINEで毎日のようにノブちゃんと連絡を取るようになりました。彼から返信が来ると嬉しくて、来ないと不安になりました。彼のメールは常にビジネスライクで、馴れ馴れしくならないところが好きでした。常に端的で冗長にならない。スタンプもほとんど使いません。  
 二人でいるときは本当に楽しかったです。1回として嫌な思いをしたことも、退屈したこともありませんでした。会えば毎回愛し合い、年齢の差などまったく感じませんでした。共通する趣味はワイン、彼のレストランチェーンで今後出すワインのテースティングをしたりしていました。
 彼は研究熱心で、どのワインが今月売れたのか、女性客、男性客にウケるワインは何かなどよく調べていました。彼はソムリエの資格は持っていませんでしたが、ワインについてもっと知りたいと常々願っていました。ワインバーを経営したいとすら夢見ていたようです。

この島を訪れたジョルジュサンドとショパンでしょうか?

 自分は彼のことが好きでした、大好きでした。愛していたのかと聞かれれば、愛していたと言えると思います。ただ、二人に将来はありませんでした。同棲するつもりも、同性カップルとして生きていくつもりも、ましては同性結婚するつもりもありませんでした。ノブちゃんが望んでいたのは、女性との結婚です。子供がほしかったからでしょう。
 大きなファミリービジネスの次男坊ですから、さらにそのビジネスを継承していくためには後取りが必要だったのです。彼は仕事熱心で、二人の関係よりも常に仕事を優先していました。自分もそうしてほしいと望んでいました。20歳以上も年が離れた男同士の関係に未来などあるわけがありません。自分は彼に幸せになってほしかったのです。
 好きな人に幸せになってほしい、それだけです。そしてもし彼女が見つかり、結婚するのなら自分たちの関係は終わるのです。終わりにするべきです。これまでのことは二人だけの秘密、いつかは闇に葬らなければならないはずでした。自分が去り、二人の関係は二人だけの楽しい思い出、いわば二人しか見たことがない蜃気楼として終わるはずでした。
 いつかは終わる情事。互いに知っていましたが、真剣に話しあうことはありませんでした。彼は女性との結婚を望んでいましたから、当然、交際する自由が必要でしょう。そのせいか二人で女性について話すことはほとんどありませんでした。
 ここまで読むと月子さんは当然、聞くと思います――私と付き合っているときも、ノブちゃんと付きあっていたのか、と。二股ではないか、と。私という女がいながら、なんと男の恋人がいたなんて、不潔! 変態! だと。あなたを裏切るつもりはありませんでした。
 でも、ノブちゃんとの関係は予期しない突発事故のようなものだったのです。自分でもどうしようもなかった。それにノブちゃんとの関係はいつしか終わるはずでした。そう、いつかは終わるのです。だから打ち明けてあなたを傷つけるよりも黙っていたほうが懸命ではないかと考えたのです。それにどう話していいやら、話したらどう受け止められるか、それが怖くてしょうがなかったのです……。
 また、メールします。
 (続く)
 

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