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あなたがそばにいれば #8

Yugo

僕は奥さんの厳しい表情に、また地雷を踏んだかな、と不安になった。
奥さんは少しうつむき加減で言った。

「聖人君子じゃないんだから、誰にだって言いたくないことや言えないこと、あるわよね」
「はい…」
「それをつい "闇" って言っちゃったけど、私はそうは感じてない。ただ本人が強くそう感じているのよ」
「次長自身が…」
「あのひと、そういう言い方したでしょ?」
「言い方というか、感情? 今まで見たことないくらいの怒りの感情が滲んでいたのは感じました」

奥さんは寂しそうに微笑んで、また窓の外に目を向けた。

「怒り…か。そこは男同士、遼太郎さんもそういう面を見せられたのかもね。うちでは私にはそういう面を隠すのよ。落ち着くまで一人で部屋に籠っちゃうの。でも私は何も出来ないからそっとしておくんだけどね」
「そうなんですか…」

「結婚が決まってから、遼太郎さんがそういう面を持っている話を聞いたの。遠距離中はそんなことより、私を見て!とかお互いが相手のことを思ったり考えたりするのに精一杯だったし、そもそもそういう話をじっくりする時間はなかったし。私も初めは驚いたわよ。出来る、完璧な上司のイメージ強かったし。

でもね、彼のそういう弱さというか、気にしていること、それも含めてすごく愛しくて。この人と一緒に生きていけるって嬉しかった。

よく教会結婚式の誓いの言葉で “健やかな時も病める時も” ってあるでしょう? あれ、本当に誓えるわ。この人にどんなことがあっても、絶対にそばで支えるって決めたの。それは揺るがないと思う」

「いつも思いますけど…お2人は本当にすごいです。尊敬します、本当に」
「あは。ごめんなさい。私から少し話しすぎちゃったわね。遼太郎さんが気に入っている人のそばにいると、なんか私も嬉しくなって、つい」

奥さんは照れたように笑った。

そこへ、リビングで梨沙ちゃんの相手をしていた美羽が呼びかけた。

「夏希さ~ん、梨沙ちゃんおネムみたいです…」

見ると、美羽の腕の中で梨沙ちゃんがウトウトしていた。

「あらあら。ちゃんとベッドで寝ないとね。美羽さんありがとうね」

美羽の腕から梨沙ちゃんを受け取ると、あやしながら "ちょっとごめんね" と言って寝室へ消えていった。

「私たちもそろそろおいとまする? あ、テーブルの上片付けて行こうよ」
「そうだね。それにしても梨沙ちゃんにベットリだったね」
「妬いた?」
「や、妬かないよ!赤ちゃんだよ? 相手」

美羽はアハハと笑い、テーブルの上の皿やグラスを手早く下げて洗った。

「優吾くんもなんか深刻な話していたみたいだし」
「聞こえてた?」
「ううん、聞こえてはいないけど」
「怪しい話をしていたわけじゃないよ、妬くなよ」
「妬かないわよ。相手、夏希さんよ?」

僕がちょっとふてくされたところに奥さんが戻ってきて、すっかり片付いたテーブルを見て恐縮していた。

「あ~ごめんね、洗い物まで」
「いいんです。梨沙ちゃん寝ました?」

奥さんはうん、と頷いてテーブルに着こうとし、でも思い立ったように「あ、お茶淹れようか」と言った。

「僕たちそろそろおいとましようかと話してました」
「良かったらちょっと一息ついてからどう? 美羽さんずっと梨沙の相手してて疲れたでしょう」
「全然! でも、せっかくだからお茶、頂きたいです」

美羽は割とこういうところは遠慮がなく好意に甘える。

「じゃ、じゃあ、僕も頂きます…」

奥さんはニッコリ笑って、お湯を沸かし始めた。




#9へつづく

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