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あなたがそばにいれば #20

Ryuji

兄が通院に付き添いたい、と電話してきた。

「睡眠薬なくなった? 効果あった?」
『それが、夜中に目が覚めちゃうんだ。もう少し長く効くやつが欲しい』
「兄ちゃん、それヤバいね。"まともな" 睡眠薬欲しいってことでしょ。副作用とか覚悟した方がいいよ」
『本当はそれが嫌なんだけどね…どのみち日中に影響が出始めているんだ』
「兄ちゃん、根本対処は出来てるの? 原因を排除していかないと。睡眠薬なんて常用する薬じゃない」
『お前にそんなこと言われるなんてな』

電話の向こうでは笑ったような声を出していたけれど、参ってそうだった。

3日後の通院日に、兄も午後半休を取って一緒に病院に行った。
毎週会っているはずなのにやつれた印象を受けた。

兄は少し長めの診察を受け、エチゾラムを処方されていた。

「エチゾラムか…ちゃんと正しく飲まないとマジでやばくなるから」
「お前、医者か薬剤師になったらどうだ」
「冗談抜きでさ。不眠の原因は何なの? 仕事じゃないようなこと、この前言ってたけど」
「まぁ…子供も増えたことは一つ理由かもしれない」
「あぁ何、ガキがうるさいってやつ? それだけ?」

兄は言葉を濁した。
何を訊いても答えてくれないんだろうけど。

手遅れにならないうちに何とかしないといけない、と思った。

僕のアパートに着き、2人で買い込んできた出来合いの飯を食って、相変わらず薄暗い部屋で兄はハイボールを作った。

薬を飲む前だし今日はそういう気分だからって言い訳していた。

「そういう気分ってどういう気分なの?」
「酔いたいってことだよ。しばらく酒、絶ってたからな」
「酔いたいほど何か忘れたいことあるってこと?」
「お前もだいぶ質問が上達してきたな。会合のお陰か」
「訊いてる事に答えてない。はぐらかさないでよ」

僕は兄がハイボールを作った残りのジンジャーエールを飲みながら不眠の原因を聞こうとしたけれど、やはりはっきりとは答えなかった。

僕がジンジャエールを飲んでしまったためか、兄はそのうちハイボールにもせず、ウイスキーをロックでガンガン飲み始め、陶酔したようなとろんとした顔になっていった。

そのうち床にゴロンと大の字に寝転んで、笑みを浮かべていた。

薄暗い部屋の灯りも効果を出していただろうか。

とっくに外したネクタイ、シャツのボタンが2つほど外れて顕になっている喉の稜線が、噛みつきたくなるような美しさだった。

「兄ちゃん気分良さそうだね」
「うん。色々麻痺してるな」
「ここ、兄ちゃんの逃げ場になれてるのかな」
「逃げ場?」

トロンとした顔のまま僕の方に目を向ける。

何という色気なんだ。

僕は半分ふざけて兄に覆い被さるように、その顔の横に両手をついた。

「何するんだよ」

酔っているせいか、兄はまだニヤついている。

「男の俺が言うのも何だけど、兄ちゃんってきれいだよな」
「変なこと言うな」

わかっていた。
僕の中にいけない感情が生まれているのを。

遠い記憶が蘇る。

アメリカにいた時に僕は男の人と寝た。
兄に似た人と。

いや。
今思えば全然似ていない。ガタイはもっとムキムキしていたし毛深かった。
こんなに美しくない。

気が滅入った。なんて奴と僕は寝たんだろう。
若気の至りか。

"兄ちゃんが欲しい"

僕はその時、はっきりと自覚した。
兄をこの手に落としたい。

すると兄は両手で僕の顔を包んだ。
僕の心臓が爆上がりする。
兄の手はすごく大きくて、僕の理性は吹き飛ぶ寸前だった。

「お前が今何考えてるか、当ててやろうか」
「言わなくても多分当たってる」
「でも俺はそういう趣味はないぞ」

兄は僕の顔を包んだまま身体を起こし、ぼんやりと僕を見つめた。
長い睫毛に光が灯っているように見えた。

「言ってることとやってること矛盾してない? そんなことしてると本気で押し倒すよ?」

あまりにも神々しく、兄は微笑んだ。

* * *

遠くで救急車か消防車か、サイレンを響かせながら行き過ぎていく。
遠ざかっていた現実が急に引き戻されたみたいだった。

時計はいつもより遅い時間を指している。
こんな僕でも多少寝ないと、業務開始が真夜中からだからきつくなるな、と思った。

「兄ちゃん、タクシー呼んだ方がいいな。そんなに酔っ払ってたらマジで危ない」
「そんな遠くもないから平気だよ」
「いや冗談抜きで。今呼んでやるから」

僕はネットの配車サービスを使って車を呼んだ。

兄は寝転んだまま、だるそうに頭を振った。

しばらくしてタクシーが到着し、僕も部屋を出て兄が乗り込むまで付き添った。

「じゃ兄ちゃん、マジで気をつけて。家に着いたら連絡して」
「子供か彼女扱いだな」
「今は似たようなもんだろ。じゃあな」

苦笑いを浮かべた兄を乗せたタクシーは夜の闇に吸い込まれていった。

薄暗い部屋に戻り、僕は兄が寝転がっていた場所にうつ伏せになった。


木曜の夜ー。

兄と会うのは、週に一度が丁度いいんだろう。



#21へつづく

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