あなたがそばにいれば #17

Natsuki

蓮は梨沙と違ってよく泣くし動くし、言ってみれば "赤ちゃんらしい赤ちゃん" だった。

そのせいか、遼太郎さんも梨沙の時ほどベッタリしない。
おそらくそれが普通なのだけれど、私の目には何となく距離を置いているように見えてしまう。
相変わらず梨沙にはよく構うせいもあった。

蓮が男の子だから。

そうは思いたくなかった。

その年のお盆休みに、蓮も生まれたことだし彼の実家に顔を見せに帰った方がいいのかな、と相談をしたが、彼は私の身体を気遣って「まだ早い」と言った。

そもそも彼は自分の両親のことをよく思っておらず、結婚してからは特に関わりを持たないようにしている。

梨沙の時は10月生まれだったこともあって年末年始に彼の地元に戻って顔を合わせた。
その時も彼は渋ったけれど、義父母にとって初孫なのだから、会わせないわけにはいかなかった。

そして今回は "男の子" である。
古い言い方をすれば、野島家にとって跡継ぎとなる。

そして野島家は比較的「旧い」家である。
義父母の期待や関心は高いに決まっている。

「早く会わせろってプレッシャーかかってない?」
「そっちが来ないならこっちが東京へ行く、とか言い出してたけれど、まだ産後の肥立ちも浅い夏希の身体にも負担だし理解しろよって言ってある。また年末年始くらいに考えればいいんじゃないか」

恐らく彼にとっても "男の子" を連れて帰ることは、色々重荷になると思われた。

* * *

そんな8月下旬に差し掛かった、ある夜。

彼の部屋から音楽が流れているのが微かに聴こえた。クラシックのようだった。
見るとドアが完全に閉まりきっていなかったようだった。

漏れ聞こえてくるメロディは物悲しい旋律だった。
何という曲だっけ…と考えるけれど、すぐに曲名が出てこない。

クラシックを聴く趣味は聞いたことがなかったから、珍しいな、と思った。

やがて部屋から出てきた彼が珍しく蓮を抱いて顔をじっと見つめ、ポツリと言う。

「蓮は…俺に似ていると思う?」

私はヒヤリとする。けれど努めて明るく振る舞って言った。

「そりゃ似てると思うよ。梨沙も蓮もくっきりした目鼻立ちなのがあなた譲りだと思う。でも梨沙の時も生まれて直ぐは遼太郎さんに似てる、なんて言われてなかった? そんなのこんなに小さい子じゃわからないよ、ってあなたも笑ってたじゃない」

それでも蓮を見つめたままの複雑な表情は変わらなかった。

「ねぇ…、どうして男の子だったら、自分に似たら嫌だなんて、思うの? 発達障がいは関係ないよね…?」

すると彼はとてつもない恐怖に怯えたような顔をして私を見た。

いけない。

彼の顔がどんどん青ざめていく。

「俺なんかに…似てほしくない…」

か細い声でそう言うと、あの "阿修羅" の表情になった。

私は彼に近寄り、頭を抱きかかえた。

彼の腕の中で蓮が泣き出すと、弾かれるように蓮を私に押し付けた。

「遼太郎さん…」

彼は苦しそうに表情を歪めたと思うと、「ごめん」と一言残し、自分の部屋に行ってしまった。

そしてその日から徐々に、彼の様子がまたおかしくなってしまった。
しかもこれまでにないほど酷く。
帰りが遅くなり、戻っても口数が少なくなった。
食欲も減っていった。

まさかあの時流れていた音楽がきっかけだったとは、この時は全く想像もしなかった。

彼の心が読めない。
それは私を最も悲しくさせた。

大人しい梨沙もお父さん子だから、彼と平日触れ合う時間が減ったことで泣き出すようになった。

「パ~パぁ」

私があやしても、梨沙はパパと呼び続ける。

私は思う。
彼は何かを隠している。
そうでなければ、言えない何かを抱えている。

なぜ “男の子” にこだわるのか?

それは、私のためなのか。
たとえ私のためだとしても、自分がそんなになるまで守る意味はあるのか?

いえ、それに意味は絶対にない。

でも今は彼をそんなことで責めるよりも、彼の中の "阿修羅" を追い出さなければいけない。

私がPTSDに陥っている時は、彼が救い、支えてくれた。

だから彼の心が不安定な時は、私が支え、私が救うのだ。

どんなことがあっても、私も彼を守るのだ。



#18へつづく


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