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大切な場所を無くしても、私に悲しむ権利がない

私の住む街にとっておきの場所がある。それが「今池」。
フラワーカンパニーズの『今池の女』で地名を聞いたことがある人もいるかもしれない。

いわゆる飲み屋街。いい店がたくさんあるが、魅力はそれだけでない。
名古屋独特のカルチャーを発信する特別な場所なのだ。
名古屋カルチャーとは大した観光地もない名古屋が誇る、名古屋人の、名古屋人による、名古屋人のためのディープカルチャーの事。
少数派ながら熱烈濃厚なカルチャーなのだ。
この名古屋カルチャーを支えているのが、今池にあるシネマテークとちくさ正文館という老舗の映画館と本屋さんなのだが、なんとこの夏この2つがいっぺんになくなってしまうというのだ。名古屋人にとって大大大大、大事件である。

閉館の理由

シネマテークは長引くコロナの影響や動画配信サービスの普及などにより経営状態が悪化。
ちくさ正文館は店舗建物の老朽化が理由。外商部は継続され、9月からインターネットでの販売を始める予定だとのこと。


私に悲しむ権利は、ない。

本屋で出会う知らない文庫本と、ネットで目的を持って探す本。
家のソファで寝転がりながら観る映画と、わざわざ小さな映画館に出向いて観る映画。
これらはインスタントコーヒーとハンドドリップコーヒーくらい違う。
ちょっと眠いし気分転換にカフェイン入れとくかぁって感じで飲むコーヒーと、豆を挽いて温度調整しながら淹れて一口ずつ味わうコーヒーとでは全然味が違うのと同じくらい違うってこんなところでグチグチと文字を連ねる権利は、私には、ない。

なぜかって、本をネットで買い、映画を家のソファで観ているからだ。
モノを増やしたくないって理由で本は電子書籍が多いし、漫画はサウナのついでにスーパー銭湯で読むし、映画もめったに見ないし、時間ができたらアマプラでウッディアレンみたいな、終わった後に嫌な気分にならない映画しか観ていない。
そう、生粋の名古屋人である私が、名古屋のカルチャーを潰しているのだ。
悲しむ権利なんてない。お前のせいで映画館はなくなり、本屋はネット販売になるのだ。悲しい顔するな。被害者じゃないだろう。
お前はこれからもずっと「違うがわかる大人」みたいな顔して、ずっとインスタントコーヒーでも飲んどけ、たわけ。

小さな声で言い訳

結婚して子どもができてからすっかり映画館から足が遠くなった。
せっかく観るなら大音量でないと意味がないものとか、絶対に面白いとわかっているものしか観なくなった。
本屋もほとんど行かなくなった。夫や友人が勧めてくれる絶対私が好きそうなやつばっかりを読んだ。
つまり、あれこれ探すことをしなくなった。
「仕事して家事して子育てしていて時間がない」「生活とカルチャーの折り合いがうまくいかなかった。」が表向きの理由だが本当は違う。
あれこれとAIにレコメンドされることを受容しまくった結果、もう自分で探す気力を失ってしまった
ディグる喜びを放棄し、間違いのない結果だけを求めるようになったのだ。
人間の頭はサボることが大好きだ。私の頭は新しい刺激を避け、習慣と惰性の中で生きることを選んだ。これもまた人生。
結果、大切な場所をなくしたのだ。
やはり悲しむ権利は、私に、ない。

映画よりも映画的。今池シネマテークという場所の魅力


ここで少し空気を換えて、思い出話を綴りたい。

今池シネマテークとは、いわゆる単館系映画館なのだが、ちょっと普通と違う。
『本当にこんなところで映画が見られるの?』というような普通の雑居ビルの2階が映画館になっているのだ。
調べてみたら1982年に設立されたらしい。

初めてテークを訪れたのは(名古屋の人はみんなテークと呼ぶ。ちなみに駅西のシネマスコーレはスコーレ。)大学1年生だったと思う。
当時、文系私立大学でメディアプロデュースコースなんてまどろっこしい名前のコースを選択していた私は、他人と違うものを見聞きすることに執着していた。
大学受験したくなくて指定校推薦でその大学を選んだくせに「メディアってついてるけど思ってたのと違う。やっぱり映像とかアート関係の学校に行きたかった。」とのたまい、なんかいろいろこじらせていた。
少しでも変わった映画や本を読むことで特にセンスも個性も知性もないという自分をごまかしたかっただけなのだが。

というわけで、少しでも個性的な映画を観ようとたどり着いたのがテークだった。
あの時はたしか夏で、お気に入りの古着のメロンみたいな色の服を着て夜20時からの回に行った。
夜の飲み屋街を抜けると、昭和のいつに建てられたかわからないほど古めかしい雑居ビルに看板がぽつり。
ドキドキしながら階段を上がると、コンクリートに染みついたカビのにおいがむっと鼻をついた。
(ホントにここかよ・・・)
やたらと低い天井の廊下を歩く。薄暗い。
扉を開けるとごちゃごちゃした受付があり、おじさんが一人座っていた。多分店の人だ。
お金を払うとラミネートされた番号札が渡された。
(チ、チケットじゃない)
そんな動揺を顔に出さず、しれっと受け取る。

狭い待合室は蛍光灯で妙な明るさで、ぽつりぽつりとコアな映画ファンみたいなおじさんやおばさんが座っている。
時間になると番号ごとに呼ばれて普通のドアをガチャっと開けて、スクリーンの部屋に入る。
昔の喫茶店にあるみたいな赤い椅子が並び、壁にはファミコンのリモコンみたいな茶色の小さなエアコンが埋まっていた。
なんだかもうめまいがしてきたのをよく覚えている。

何を観たかというとフリークスという、ちょっと尖った映画だ。

1932年制作・監督トッド・ブラウニング


でも、映画の内容よりもテークのほうがよっぽど尖っていた。
私にとってそれくらい衝撃体験だったのだ。

それからはしょっちゅうテークに行った。何が面白いのかわからなくても、とにかくなんでも観た。
何が面白いのかわからなくても、通っているうちにだんだんと面白さがわかってくるのが映画の不思議というやつで
ヤン・シュヴァンクマイエルもマシューバーニーも山村浩二も寺山修司もエリック・ロメールもギョーム・ブラックも全部テークで知ったのだ。
テークだったから通えたのだ。

テークと言えば、今でも申し訳ないと思っているエピソードがある。
大学生の時、とある男の子を紹介されて初デートでリュック・フェラーリのドキュメンタリーを観に行ったことだ。

彼はいわゆる「お兄系」のファッションで、好きなものも車とかカラオケとかで、普段から映画は観ないと言っていた気がする。
そんな彼はテークの尖りに面食らってしまい、(もしくはフェラーリの映画に面を食らったか・・・)その後連絡が来なくなった。
私も何を考えて誘ってしまったのだろう。ほんとごめんね。


背伸びしないと入れない。ちくさ正文館という場所の魅力


【本】が力強い

ちくさ正文館は何店舗かあり、教科書を取り扱ったりライトノベルなどを取り扱う店舗も存在するが、この本店だけは他の店舗と一線を画している。
人文書、文芸評論、詩歌、映画・演劇がちょっとおかしいくらい充実しているのだ。
あらゆる書店からリスペクトされまくり、名古屋の知識人たちが集まる本屋さんだ。

調べたところ、創業は1961年と、こちらもかなりの老舗。
当時の私にとってシネマテークで映画を観た後、正文館に行くのがお決まりコースで、よくわからないタイトルの本を興味本位でパラパラとめくってみたり、大学の授業で聞いた人物についての専門書を、さも知った顔で手に取った。
正文館のすごいところは、出版社や作者のあいうえお順で本が並んでいないところ。
この本が好きならこれも興味ありますよね?
これが知りたいなら前提条件としてこれも知っておいたほうがいいですよ的な感じで本が配置されているのだ。
しかもポップとか余分なものがない。ヴィレバンの真逆。
あれもこれもすべては名物書店員の古田さんの力。
古田さんの個性的なお姿をもう見られないかと思うとやはり寂しい。

全然関係ないけど私の好きな漫画で「A子さんの恋人」というお話があるのだが、その中のエピソードで美大に通うI子ちゃんはA太郎くんに「I子ちゃんは美術が好きなんじゃなくて美大に通っている自分が好きなんだね」と言われてショックを受けていたけど、私にとって正文館はまさにそれで、本が好きなんじゃなくて「正文館で本をアレコレ見ている自分が好き」だったのだ。
でもそれってめっちゃよくない?て思う。
(確か漫画でもI子ちゃんは大人になってそれでいいと当時の自分を認めていた)
背伸びしないと入らない場所だった。
そんなこじらせ大学生も大人になり結婚して、ちくさ正文館2階のギャラリーカフェでバイトするようになった。
もう背伸びしなくても正文館の本と普通に向き合える大人になったんだと感動したのをよく覚えている。
(そのギャラリーカフェは形態を変えて移転。大須に今でもあります)


まだまだ名古屋カルチャーは死んでない


老舗を失ってもなお、まだ名古屋には名古屋カルチャーを発信する魅力的な場所がたくさんある。
というわけでおすすめナゴヤカルチャースポットをざざざっと載せていきます。

①名古屋TOKUZO

"音楽する赤ちょうちん・Tokuzoは朝までやっている呑み屋である。1998年オープン、名古屋・今池にあるHIPな呑み屋でありライブハウス。(HPより)
何食べてもおいしいライブハウス。来る人達も魅力的。落語も聞けて最高。
たまにやるカラオケ大会は名古屋カルチャーを体感したい人にピッタリ。

HUCK FINN

名古屋、というか豊田、というか、三河というか、とにかくこの辺のハードコアやパンクスがアツいのはご存じでしょうか?
タートルアイランドにorder、ロータリービギナーズ、BLACK GANION.
MILKなどなど・・・。そんな音楽が聴けるライブハウスといえばハックフィンでした。
昔はこの周辺を歩くとき、怖かったなぁ。

KDハポン

名古屋のキーステーションと呼ばれるライブハウス。
私個人的にめちゃくちゃ思い出深い場所。演劇もダンスもここでできます。
ちなみに名古屋で「好きな音楽は?」と聞かれ「うーん、ハポン系かな」と答えることもできます。
店長は名古屋が誇る奇妙なバンド、スティーブジャクソンのモモジくん。

シネマスコーレ

あの若松孝二が立ち上げたとして全国的に有名なミニシアター。
エドワード・ヤンやホン・サンス、白石晃士とアジア系とホラーにやたら強い。
ここのスタッフ、坪井氏がそれはそれはVHSマニアで、「シネマ狂想曲~名古屋映画館革命~」としてカルト的にヒットしたので記憶にある方もいるかもしれません。(坪井さんのVHS部屋に遊びに行ったこともありますが、その話はまた今度)
最近では俳優の斎藤工さんがコロナ中に1週間席を予約したことでも有名になってたような。
何かと話題を振りまいてくれるスコーレですが、テーク同様、いつまでもあるという保証はありません。

ON READING

感じる、考える人のための本屋さん。
私たちの間では「名古屋の良心」と呼んでいる。ここがなくなったらもう名古屋の本好きたちは死んでしまうと思う。大げさじゃなくてまじで。
作家さんの展示も毎回素敵。というかオンリーディングの黒田夫妻が呼ぶのだから間違いないだろうと絶対の安心感がある。そんな場所です。

⑥七ツ寺共同スタジオ

名古屋圏における演劇、新劇、舞踊などの活動の舞台。
名古屋アングラだけでなく、全国のアングラを支えてきた老舗中の老舗劇場。
もうね、古いのよ、とにかく古い。でもトイレはキレイ。
どこに客席があって、ステージがあるのか、入ってみるまで分からないのが七ツの魅力。

後は金山にあるブラジルコーヒーや、今池大大大もいい感じです。あとは矢場のRita とか。
私が知らない名古屋カルチャーがあればぜひ教えてください。

次はちゃんと悲しみたい


もし次、失ったらちゃんと私も悲しみたい。そのためにはその店にちゃんと通わなければ。
そう心に誓った2023年の夏のお話でした。


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