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甲類焼酎「蜘蛛の糸」|酒の短編15

これまでに流した汗と涙を思えば、大容量の焼酎なんて他愛のないものでして、後生大事とチビチビやるのは性に合いません。

氷を詰めたグラスに勢いよく注がれる透明な液体は、極楽から伸びる蜘蛛の糸。極太仕様でございます。
溢れぬようにと口で迎えにいく、その姿の浅ましさ。喩えるなら糸をのぼる罪人たちに、我が身大事と喚きたてる、かの大泥棒と変わらぬものでありましょう。

それでも酔っている限り糸が切れることはなく、血の池に溺れ、針の山に身を刺す苦しみから逃れられるのですから、酒というものは天の美禄でございます。
だのに悲しいかな永遠と呑み続けられることはなく、覚めぬ酔いもなければ、尽きぬ酒もないのがこの世の常。

ペットボトルが軽くなるにつれ、心にはそんな煩悶が募るばかりでございます。

天が与えたもうた故に酔いを知り、酔いを知ったが故に増す苦しみ。壮大なマッチポンプ、踊らされるのは念仏踊でしょうか。
それならいっそ、頼みの綱を、縋った糸を断ち切るのはケチな了見だと、お釈迦様に説法差し上げねばと想い至るは酔いの仕業。
湧き起こった五蘊盛苦を鎮めるために、今夜も盃を重ねてしまうのは、さもありなんことでございます。

果たして、一体いつになったら輪廻から抜け出せるのでせうか。

仕事という名の地獄。ひとつ、またひとつと売り上げの石を積み上げても、ライバル会社の鬼が現れ、立てた目標が崩される仕打ち。
来たるべき定年退職に地蔵菩薩の救いを見出せど、悲しい哉、その御姿は年々遠くなって行きます。年金支給もいずれは70歳に引き上げられること請け合いです。

素面で生きるには世知辛く、呑んでは叫喚地獄に落とされる恐怖。
せめてこのペットボトルの焼酎が涸れる前に、新たな糸を、馥郁たる養老の滝と結縁することを願ってしまうのです。


なんてことを酔っ払ったダンナが言ってて、ちょっと面倒臭い。

身内に本職がいるせいで、何かと仏教ネタが多いウチの人。正直『蜘蛛の糸』はよく覚えていないけど、仕事でストレスを抱えているんだろうなってのはよく分かる。

お酒を飲むのは週末くらいだから、せめて好きに飲んで欲しいけど、強くはないので身体を壊さないかが心配。

だから焼酎を買ったあと、気付かれないよう割り水をしてるのはここだけの話。
尽きぬ酒とまではいかないけれど、健康でいて欲しいから、この秘密(って程では無いけれど)、墓場まで持っていきます。

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