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「ドライブ・マイ・カー」の美しいレトリックと本当の心。

ドライブ・マイ・カー」のラストシーンを見て、もう一度最初から見たくなった人は多いと思う。私もその1人だ。


そもそも、アカデミー賞を獲ったからというミーハーな理由で、ストリーミングも出たし、と興味本位で見た。もちろん、最後のシーンではぼろぼろ泣いたし、映像の美しさや俳優の演技にも感動し、全体としていい作品だなとは思った。でも、アカデミー賞で歴史的受賞を達成した理由がどこにあったのか、まだはっきりとしなかった。

この作品には、一度見ただけでは気づけない大切な何かが、隠されているのではないか・・・いや、実際には、私が大切なことを全て見落としてしまっていただけに過ぎなかった。

私はまず(きっと誰もがそうするように)「ドライブ・マイ・カー 解説」とGoogle検索して、いくつかの映画解説ブログを読んだ。それぞれにヒントがあったものの、この映画のすべてを理解するには、どこか欠けているような気がした。あるいは私が感じたものとは逆の解釈も書かれているものもあった。ちょっとした憤りを感じた。この作品はこんな浅い話じゃない、そう思った。

私は、今、この作品と向き合わなければいけないような使命感に駆られた。家福にとって「ワーニャ伯父さん」がそうであったように。私は取り憑かれたように、作品の描写や役者の表情のひとつひとつを、つぶさに読み取るように何度も何度も見返した(映画館ではなくレンタル配信で見ていたのは正解だった。ただ途中で期限が切れたのでまたレンタルし直すことになった)。

すると、この作品が様々なレトリック、メタファーによって巧みに構成されていたことに気付かされる。そして、セリフからは分からない、カメラにも映されていない、それぞれの登場人物の物語が、私の観察と想像によって補完されていった。

そうして受け取ったメッセージは、驚くほど自分の考えていたこととリンクしていた。私自身の物語のようにも思えたし、私自身が向き合いたいテーマでもあった。

きっとこれは、私だけに起こった奇跡ではない。世界の全ての人にとって、私の物語である、と感じさせる力が、この映画にはある。だからこそのアカデミー賞なのだろう。

私が、他の人の解説ブログを読んで覚えた憤りすら、もしかすると監督の意図していたものなのかもしれない。ひとつの物語は、受け手によって様々な解釈にすり替わってしまう。それこそがこの世に起こっている全てであって、この作品で伝えたかったことの全てでもある。

違いがあること、分からないことに憤るのではなく、自分の視点で世の中をしっかり観察し、自分の心を見つめ、嘘偽りなくコミュニケーションし、他者の理解につとめること。

そのメッセージを遂行するための第一歩として、「私が見た『ドライブ・マイ・カー』」という物語をここに記したいと思う。これは、この物語の「正解」では決してない。私の勝手な解釈だ。そもそもこの映画も、「村上春樹の『ドライブ・マイ・カー』」を読んだ濱口監督による「濱口竜介の『ドライブ・マイ・カー』」なのである。(村上春樹さんに聞いても「正解」はないだろう)

私の見た「ドライブ・マイ・カー」は、どんなものだったのか。あなたの見た「ドライブ・マイ・カー」と、どう違ったのか。ただそれを知るために、書きたいと思った。

予め言っておくと、私は映画批評家でも、村上春樹愛好家でもない。濱口監督のことも、この作品を通して初めて知った。ただ、振り返ってみると、人生の大事な時に(特に幼少期に)私は物語によって救われてきた。辛いことは物語と重ね合わせて泣いたり、小説のヒロインから勇気をもらったりして生きてきた。

「そして僕らはみんな演技をする」と家福は言った。
「そういうことだと思います。多かれ少なかれ」

村上春樹「ドライブ・マイ・カー」

ネタバレ豊富なので、ぜひ一度見てからお読みください。
一度見て、つまんないなと思った人、途中で寝てしまった人、じんわり感動したけどまだ飲み込めてない人、何かを感じ取った人。そんな人に、是非読んでもらいたいと思います。



レトリックはふんだんにある、だがロジックはない


まず初めに整理しておかなければならない事は、「事実」「真実」は全く異なるものであると言うことだ。事実は、常にひとつ、この世で起こっていることだ。真実は、誰かの主観を通した解釈であり、人の数だけある。今目の前で起こっていることと、それを自分がどう解釈しているかということは、常に異なっている。

ドライブ・マイ・カーの映像では様々なメタファーによって、この違いを描き出しているように思う。(感覚的に読み取っているので、少しロジックはずれているかもしれない)

<右目>と<左目>。
<助手席>と<運転席>。
<鏡>と<カメラ>。
<声>と<テキスト>。
<物語>と<演技>。

右脳と左脳。心と頭。感覚と論理。女性性と男性性。
自然と自制。自由と秩序。共感と支配。
実体と形式。本音と建前。言語と意味。
本当のことと、嘘かもしれないこと。

どちらがいい、悪い、ではなく、この違いを理解し、バランスを取りながら、折り合いをつけていく、ということ。それが大切なのだと思う。

何のことかよく分からないと思うので、登場人物それぞれの物語から読み解いていきたい。

家福とワーニャの物語


音への不信感を抱いたまま立ち直れない家福が、「ワーニャ伯父さん」の物語と、みさきや高槻などの人々によって少しずつ変化し、自分の心をまっすぐ見つめ直す。ドライブ・マイ・カーの全体の物語は、端的に言えばこんなところだ。

音が亡くなった直後の「ワーニャ伯父さん」の舞台のシーンで、家福は、途中でセリフを言えなくなってしまう(インド人の役者が本気で困っている)。それほどに、チェーホフの<テキスト>は「自分が引きずり出される」もので、音が亡くなってから自分と向き合いきれていない家福には演じきれないものになっていた。

しかし、だからこそ家福は「ワーニャ伯父さん」の物語に、シンパシーのようなものを感じていたのだろう。そうでなければ、たとえ自分は舞台で演じないと決めていても、わざわざ広島演劇祭の演目にはしなかったはずだ。

家福はワーニャ役を、音の不倫相手である高槻に押し付ける。ワーニャを演じることで自分と同じ苦しみを味わえばいい、と考えたのかもしれない。それでも、家福は、車の中でワーニャ役のセリフを暗唱し続ける。本当は心のどこかで、ワーニャを演じたい、自分とまっすぐ向き合いたい、と思っていたのだろう。

そこから、家福は少しずつ変化していく。いくつかの美しいメタファーから、家福の心情変化が伺える。

私が気づいたのは、<車の座席><涙>
ふたつのメタファーには、左と右の違いを使った深層心理が描かれている。

一般的に、左脳は論理・分析・自制に優れ、男性性を感じる。右脳は、直感・感情・共感などを司り、女性性をイメージさせる。

<車の座席>には人生を共に進めていく人との関係性が表れる。<運転席>は、その車に乗る人の命を預かり、支配し、主導する。偶然にも家福の車は外車なので、左が<運転席>、右が<助手席>。左脳の論理・制御と、右脳の直感・感情の意味にも重なる。

音とのドライブでいつも家福が運転していたのは、二人の人生の主導権は家福が持っていて当然だという意識の表れ。そして交通事故後、音に運転を代わったときに「君の運転は耐えられない」と言っていたのは、「音に人生の主導権を握られるのは嫌だ」という深層心理かもしれない。

みさきに運転をお願いできたのは、みさきが主導権を握るような自由な運転をしなかったから。それでも、みさきが運転する車に乗る時、しばらくは助手席に座らない。初めて助手席に座ったのは、高槻に「自分を見つめるしかない」と訴えられ、高槻を降ろした直後のこと。そして北海道へ向かう道中も助手席に座る。自分の感情を制御することをやめ、感情に向き合おう、少しずつそう思えてきていることが、この行動に表れている。

もうひとつは、<目>。家福は、<左目>に緑内障を患う。そして、高槻の口から話された音の物語の続きでは、女子高生が空き巣を殺す時「<左目>にペンを何度も突き刺した」。偶然の一致だとは思えない。

右脳と左脳の性質に従い、<左目>は分析、<右目>は感情を司ると仮説すると(ものすごく細かい話をすると、中国の陰陽思想では、右目が左脳、左目が右脳の情報をキャッチするという考え方があるが、そこまでややこしいことにはしなかったんだろう)次の<涙>の意味が見えてくる。

ヤツメウナギの話を聞いた次の日、家福はあてもなく車を走らせて、深夜に帰ってくる。そして自宅の立体駐車場で左目に目薬をさしたとき、その雫が一粒、<左目>からこぼれ落ちる。「そしてあの世で申し上げるの。私たち、苦しみましたって。泣きましたって」というカセットテープの音の声と重なる。これは<左目の涙>。まだ感情と向き合えていない、表面的な涙だ。

そして、物語が進み、北海道でのクライマックス。みさきと抱き合い、「僕や君は、そうやって生きていかなくちゃいけない」と言った後だ。家福の右目から大粒の涙が溢れる。嘘偽りなく、感情をさらけ出した、<右目の涙>が。

そして、家福は、自分と真っ向から向き合い、ワーニャの<物語><演じきる>という運命を、受け入れる。最後の舞台本番シーンでは、ソーニャ役のユナが、家福扮するワーニャの<右目>から手話で涙を流す仕草をする。この数分の無音で手話だけが流れるシーンは印象的だ。家福は、文字通り「音のなくなった世界で」相手の心と心で会話し、自分と向き合い、正しく傷つき、心の涙を流し、それでも生きていく決意をする。


音とヤツメウナギの物語


そもそも音が不倫をするようになってしまった原因。それは、子供を失った悲しみだけではないように思う。劇中にも、それとなくヒントが転がっている。

音の運転シーンでも描かれていたように、家福と音との関係は、対等なように見えて、違っていた。当然のように、家福が主導権を握っていた。優しそうな性格の家福でさえ、家族は男性が主導すべきだという社会的な固定概念にとらわれていたのだろう。

また、海辺でみさきとタバコを吸うシーンで、音が結婚前に家福と言う苗字になることをためらった、というエピソードを笑い話として語る。しかし、音にとっては笑い事ではなかった。「名前が宗教的になりすぎる」という理由だけではない。夫婦別姓の議論にもよくある話だが、音のような自分を強く持っている女性であればなおのこと、夫の苗字になるということの悔しさのようなものは少なからず感じるに違いない。このことは、男性にとって盲点だったりもする。

また、子供が亡くなった後、音は子供を作りたくないと言い、家福はその意見に合わせたという会話。子供を失ったときに抱えた悲しみにも、差があったようだ。同じ人を亡くしたとしても、悲しみの種類や大きさは人それぞれ違うのは当然だ。しかし、二人の悲しみの違いに、家福は十分耳を傾けなかったのかもしれない。音は、誰にもその悲しみを打ち明けられず、家福のことも心から信頼できなくなり、不倫をしながらゆらゆらと苦悩しつづけていた。マスに寄生できないヤツメウナギのように。

音の浮気を家福が目撃するショッキングなシーンでは、男とセックスする音が<鏡>に映されている(鏡越しの撮影方法は一般的ではあるが、この作品の中で<鏡>は様々なシーンで登場人物の本心を映すものとして使われている。注目すると面白い)。<鏡>の中で、音は目を閉じていたから、家福は自分が浮気を目撃してしまったことがバレていないと思っている。しかし、家福が開けた家の鍵をかけ忘れて車に戻っていることが映像ではっきりと写っている。音からすれば、内側からかけたはずの鍵があいている、つまり夫が一度帰ってきて浮気現場を見られたんだと認識する。

「よかった、これでやめられる」

「ヤマガの家に忍び込んだ女子高生がオナニーをしていたら誰かが帰ってきた」という物語は、「あなたは浮気を見ましたよね、ごめんなさい、私は寂しくて寂しくて仕方がなかったんです、それに気づいて欲しかった」という家福への懺悔と告白のメッセージだった。

「そこには、レトリックがふんだんにある。が、ロジックはない」


きっと、家福もそのことに気づいていた(だからこのセリフを舞台で言えなかった)。にも関わらず、次の日、家福はその物語を忘れたと言って車で出かけてしまう。

音はこの日の夜、くも膜下出血で亡くなる。しかし、このシーンにも違和感がある。音は上着を着て手元に鞄があり、部屋の電気がついていない。外から帰ってきて、電気を付ける前に亡くなったような状態なのだ。音はこの日どこに行っていたのか?この日の音の行動は映像では描かれていないのだが、のちの高槻の話から、この日音が何をしていたかが浮かび上がる。その想像の物語を記してみよう。

物語のレトリックを通じて懺悔したにも関わらず、それに気づかないふりをした夫に失望した音は、家福が家を出てから高槻に会いに行く。そして、いつものように体を交わしながら、「ヤマガの家で女子高生が空き巣の<左目>を刺して殺し、その後家に<監視カメラ>がつけられた」というストーリーの続きを語る。(おそらくこの日の日中にしか語り得ない)

浮気がバレたあと、空港から帰ってくる途中で起こした事故により、家福の<左目>の緑内障が見つかる。車に乗れなくなることは、家福にとって殺されたも同然だ。<監視カメラ>は、家福から向けられる「心無い目線」のメタファーなのであろう。(ここで、事実をありのままに映し出す<鏡>と、その人次第で事実を歪められてしまう<カメラ>の対比が見えてくる。)

音は、家福への懺悔でもあり、糾弾でもあり、SOSでもあったこの物語を高槻に託し、帰宅して電気もつけずに倒れ、亡くなってしまう。

「真実というのは、それがどんなものであっても、それほど恐ろしくはないの。一番恐ろしいのは、それを知らないでいること」


高槻とカメラの物語


高槻は、家福と対照的に、自制心がなく感情をそのまま行動に移してしまう、右脳的な人物として描かれている。そのことが家福をいらだたせ、同時に羨ましさを抱かせた。

映画の中で高槻は一見、どうしようもない悪人のように演出されているが、実はこの映画の中で、「一度も嘘をついていない」人なのだ(家福や音はお互いに嘘ばかりついている)。そうして、何度も映像を見ながら高槻の物語を想像すると、全く違う物語が見えてきた。

音が死んだ日、最後の物語を託された高槻は、その物語の意味を考え続けただろう。

「何か大事なものを、音さんから受け渡されような気がしました」

次第に高槻は、どうにかしてこのことを家福に伝えなければ、きっとそこで真相が分かるのではないか、という思いに駆られる。音のことを愛していたからこそ、そして家福のことも心から尊敬していたからこそ、それは行動へと移された。家福が演出する広島演劇祭のオーディションを受けることにしたのだ。

無事にオーディションに受かった高槻は、二度も家福を飲みに誘い、あえて音の話をけしかけ、家福の口から本当の話が出るまで待ち続けた。最終的に車の中で、家福から音との物語の話を聞いたとき、高槻は妙に納得するような表情を見せる。そして、自分が託された「女子高生と空き巣の話」を、心の底からの声で話す。まるで、”このことを家福さんに話しにここまで来たのです”、と言わんばかりに。

そうなると、高槻が盗撮者を殺してしまった(殺さなければならなかった)のはなぜだったのか。上でも解釈したように、<監視カメラ><盗撮>は、自分の心を理解しようとしない他者からの冷ややかな眼差しのメタファーのように思える。(実際に濱口監督は、カメラへの恐怖心に対する意見をインタビューでも話している)そして高槻は、そんな<カメラ>に対して異常なほどセンシティブになっている。

二度目のバーから出てきた高槻が盗撮者を追いかけるシーンには、少し不自然な点がある。盗撮者を追いかけて公園に入り、相手を死に至らせるほど顔面を強打するにはあまりにも時間が短すぎるのだ。しかし、リアリティを求める濱口監督がこれをワンカットでとっていることにはきっと意味がある。(モチーフとなった原作の「木野」では、ボクサーの風貌をしたカミタなら数秒で相手を殴り倒したのかもしれないというような表現あるが、高槻はそんな戦闘に慣れているようには見えない)

これは本当に想像でしかないが(そしてあまり想像したくもないのだが)高槻は、盗撮者の<左目>をペンで何度も突き刺したのかもしれない。物語の中の女子高生が空き巣にしたように。それは、家福(あるいは高槻自身)の中にある、「音の心の中を理解しようとしない、冷ややかな眼差し」を文字通り「目潰し」し、心の目で見ることを訴えかけるレトリックだ。

「本当に他人を見たいと思うなら、自分自身をまっすぐ深く、見つめるしかないんです」

そして、高槻は、車の中でのセリフを終えた後、<右目の涙>を流す(ように私には見えた)。盗撮者を殺し家福に音の物語を伝え、すべてが振っきれたことで、自分と素直に向き合うことができた高槻は、次の日舞台で迫真の演技を見せる。そして舞台上で警察に呼び出された時も、”もう僕は役目を全うした” というような表情でいたのだろう。

また、ワーニャは家福が演じるべきだと訴えていた高槻は、わざと暴動を起こして逮捕され、役から退こうとも思ったのかもしれない。徹頭徹尾、嘘をつかずに悪人の<演技>をやり抜いた高槻の、その願いは成就したのだ。

ちなみに、<右目の涙>は、劇中でもうひとり流している。それは、オーディションでソーニャを演じたときの、ユナだ。手話でも<右目>で涙を流す仕草をした後、「この悲しみを耐え抜いて」と伝えながら、本当の涙が<右目>からこぼれ落ちる。セリフが終わった後も、わざわざ右側の顔を袖で拭っているところを見ると、偶然ではないように思う。ユナはこの時、「チェーホフのテキストが体に入ってきて」、流産で子供を失った悲しみを思い出しながら、演技ではなく心からの涙を流していたのだろう。

みさきとユナの物語


ドライブ・マイ・カーの一番最後のシーン。これは誰もが「え、なんで?」と、その謎を解きたくなるための、濱口監督からの「静かな挑戦状」のようなものに思える。

みさきがなぜ韓国で生活しているのか。なぜ流暢に韓国語を話しているのか。なぜあの車に乗っているのか。なぜ犬を連れているのか。

その謎を解きたくて、もう一度隅々まで映像の中のみさきを観察していると、いくつかの違和感に気づく。ひとつめは、ユンスとユナ夫婦の家に行った時のシーンだ。

そもそも、ユンスは「毎年演劇祭の時にドライバーをお願いしているんです」と言っているように、みさきとユンスは3年以上の付き合い。ユンスが溺愛している妻のユナを、みさきに紹介していないほうが不自然なようにも思う。つまり、ユナとみさきは、あの日はじめましてのように見せかけて、すでに友達だったのではないか。

ユンスが「辛いものは大丈夫?」と聞いたときのわざとらしさ。ユナとみさきの手のグッドサイン。顔を見合わせて笑い合う、ユナとユンス。だんだんと、3人は結託しているように見えてくる。

今年の演出家はどう?運転手としてうまくいきそう?よかったね!というグッドサインなのかもしれない。(ぶっきらぼうのみさきは、前年までの代理運転をした演出家とうまくいかなかったなんてことも、大いに考えうる)

さらに、ユンスの家から戻る車の中で、みさきが言うこのセリフにも違和感がある。

「稽古を見てみたくなりました。ユナさんのソーニャ」
「・・・?」
「テープをずっと聞いてたのでこの人がソーニャなのかと思って」
「見に来たら良い」
「いや、いいです、かけますか、テープ」

いつも自分の希望を口にすることのないみさきが、急に「見たい」と言う。そして何事にも動じないみさきが、どこか動揺している様子も見える。もしかすると、みさきは体が動かなかった鬱状態のユナを知っていて、そのユナが元気になって料理をしていて、さらに演劇に出るということを知って驚いていたのかもしれない。

その後、稽古や最後の舞台本番で、ソーニャ演じるユナを見つめるみさきの顔が、映し出される。鬱状態だったユナが立ち直っていく姿に、心を動かされていたのだろう。「嘘ばかりつく人たちの中で育った」みさきにとって、言葉を話さず(つまり嘘をつかず)手と表情で全てを語るユナは、母のもう一つの人格であった「サチ」に似ていて、唯一心を許せる友達のように思えていたのかもしれない。

また、みさきは、同じように言葉を介さない<犬>の存在に救われていた。ユンスの家で<犬>とじゃれ合う姿。海のそばの公園で<犬>にフリスビーを投げ返した後に「私、あの車が好きです」と本当の心をさらけ出す姿。みさきにとって<犬>は、堅い心を解いてくれる唯一の存在なのだ。

最後のシーンで想像できるのは、いずれは運転ができなくなる家福から愛車を譲り受け、ユナとユンスが韓国に戻るタイミングで一緒に韓国へ渡り、犬を飼った、というストーリー。または、「ワーニャ伯父さん」でアジアの多言語演劇に成功した家福が、ユンスとユナの導きで韓国で活動することになり、愛車の運転手として(また娘のような存在として)みさきもついて行ったのかもしれない。ユナという友人と共に。

家福、音、高槻の物語は、ある程度伏線が張られていたが、みさきに関してはかなりヒントが少なかった。想像で補完するしかない。監督は、ここに、想像の余白を残したのではないかと思う。

「ドライブ・マイ・カー」と濱口監督の物語


ここまで、かなり細かな観察と分析と想像をつらつら書いてきたが、この考察自体は正解も不正解もない。だが、観察し、考察してきたことが、この映画で感じ取ったメッセージの反復でもあった。

「人と人とは、言葉だけでは理解し合えない。人は簡単に嘘をついてしまう。些細な表情や行動、声色、仕草などを心の目で見つめることで、自分と相手の本当の心を想像することができる。そして、自分自身の心を深く見つめることで、自分の中にある相手の心を見つけることができるはずだ」

一度見ただけでは見過ごしてしまっていた、登場人物たちの「本当の心」を、言葉の裏側や言葉の外側から考える。そういうことが、今の世の中には必要なんじゃないか、と。

冒頭でも書いた通り、このテーマは、私が向き合いたいテーマでもあった。この映画を見る前にも、いくつかのnoteに渡って書いてきた。


あまりにもリンクしていて驚いた。が、私が解釈したメッセージなのだから、私の考え方とリンクして当然なのかもしれない。(人は自分の都合のいい方に考える癖がある。そのことも同時に戒めておかなければならない)

このメッセージは、家福の多言語演劇という演出方法や、脚本の棒読み練習をさせるシーンからも読み取れる。

ユナが手話で言った言葉が印象的だ。

「でも見ることも聞くこともできます。ときには言葉よりずっとたくさんのことを理解できます。この稽古で大事なことは、そっちじゃないですか」

ジャニスも気づく。

「相手のセリフまで覚えて初めて、相手の感情にももっと注意を向けることができて、反応もできるようになります」

そして、それは同時に、濱口監督の映画の作り方からも伝わってくる。

無音で手話を映し続けるカットや、俳優たちの変に演技がかっていないセリフ。また、濱口監督や西島秀俊のインタビューから読み取れる「全員が嘘をつかない撮影現場」。


これまで嘘をつかない作品づくりにこだわり続けてきた濱口監督が、村上春樹の「ドライブ・マイ・カー」と、チェーホフの「ワーニャ伯父さん」に惹かれ、そこに「彼自身の物語」を感じたのは自然な運命だった。

ユナとジャニスが公園で心からの自然な演技をした時、家福はこう言った。

「今何かが起きていた。でもそれはまだ、俳優の間で起きているだけだ。これを、観客に開いていく。一切損なうことなく、それを劇場で起こす」

この言葉に、濱口監督の意志を感じる。結果として、この映画は人々の心を掴み、アカデミー賞という形で、全世界の観客に開かれることになった。

構造を変えなくてはいけませんが、構造というのは外部に存在するものではなくて、自分達一人ひとりがそのなかにいてつくりだしているものだし、一人ひとりの振る舞いを変えることが、構造を変えることにつながっている。そのことは自分もその一員として、強く感じています。もちろん、こうしたすべては机上の空論かもしれない。だから自分でも実際に試行錯誤してみようと思っています。

(CINRA「カンヌ4冠『ドライブ・マイ・カー』の誠実さ 濱口竜介に訊く」
https://www.cinra.net/article/interview-202108-hamaguchiryusuke_dnmkmcl)


ウクライナ戦争も、環境問題も、吉野家の失言も、様々にはびこる差別も、数多の殺人事件も、働き方の問題も、SNSの誹謗中傷も、夫婦の関係も、恋愛の悩みも。

クリエイティブも、デザインも、コピーライティングも、あるいはすべてのビジネスにおいても。

すべては、そこに行き着くのだ。

「自分と他者の本当の心を、嘘偽りなくまっすぐ見つめる。少しずつでも、心に嘘をつくことをやめる。他者の中に自分を認め、自分の中に他者を見つける。それを各個人が繰り返し続けることの積み重ねだけが、誰もが生きやすい平和な社会を作っていく道筋なのではないか」

そんなメッセージを受け取り、「ドライブ・マイ・カー」というタイトルを改めて見返す。

直訳すると、「自分の車を運転する」。
・・・あれ、よく考えたらおかしいな。この物語では、全員が「自分の車を運転できなくなっている」のだ。

家福は、緑内障を患い、さらに演劇祭の決まりで強制的にドライバーをつけられる。
音は、免許を持っているのに、家福が嫌がるからほとんど運転させてもらえてなさそう。
みさきは、自分の車が広島で故障して、運転している車は”マイ・カー”ではない。
高槻は、自分の車で事故を起こしてしまったため、最後は家福の車に乗り込んでバーに行く。

しかし、一番最後の韓国でのシーン。サーブ900に乗ったみさきは、他人の(家福の)車ではなく、”自分の車”を運転している顔だ。

<車>は、心や人生そのものなのかもしれない。

ドライブ・マイ・カー。
自分の心、自分の人生は、自分で運転する。

「他人の心をそっくり覗き込むなんで無理です。自分が辛くなるだけです。でもそれが自分自身の心なら、努力次第でしっかりと覗き込むことはできるはずです。結局の所僕らがやらなくちゃならないことは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことなんじゃないでしょうか」




戻ったところは正確には前と同じ場所ではない


これが、今のところ「私の見た『ドライブ・マイ・カー』」だった。また数年したら変わるのかもしれないし、数十年したら忘れてしまうかもしれない。

それでも、物語を体験する前と後では、世界が変わってしまった。

「いったん自己を離れ、また自己に戻る。しかし戻ったところは正確には前と同じ場所ではない」

(村上春樹「ドライブ・マイ・カー」)


過去の自分の盲目さを思い出して後悔したり、いま隣にいる人のことをもっと理解したいと思ったり、自分の心に嘘をつかないようにしようと思えたりした。ひとりの「もの書き」として、言葉とそれ以外のものにもっと責任を持とうと思った。少なくとも、取り返しのつかないことになる前に、少しずつ努力するしかない。

自分の本心を見つめること、他人の本心を見つけることは、簡単なことではない。ただ、<物語>は、その道案内をしてくれる。きっと私はこれからときどき、この物語とメッセージを思い出して、自分を見つめ直すだろう。そしてこれからも、物語に救われるのだろう。

「あなたの見た『ドライブ・マイ・カー』」は、どうだっただろう?


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