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当たり前が欲しい、私たち

私はファザコンだと思う。ファザコンを通り越して父は私の恋人のようなものだと思っている。
永遠に結ばれない、魂の恋人。
父は私が18の時に死んだ。
家を出て女の家に転がり込んでそこで病気になって鎌倉の病院で死んだ。
もう永遠に会えない私の恋人。この恋人に勝てる相手は今のところどこにもいない。困ったものだ。
私はこの恋煩いを死でもってしか消化できないんだから。
否、死でさえも無理なのかもしれない。


乳房の違和感、ねえ私を切り裂くその不気味な物体を消去して。

まんじ、
父は私をそう呼んだ。私はその呼び方を不思議に思ったが、何故私をそう呼ぶのか聞いたことはなかった。

まんじ、
私はそう呼ばれていた。父に、ゆっくりと穏やかに、おまじないのように。

もうずっと吐き気がする。
この乳房の重みを少しでも軽くしようと躍起になって有酸素運動に時間を割きすぎているせいだろうか?
これさえなければ少しは楽になれるだろうか?
毎月の血の滴りは?
女性器は?
子宮は?
性的な称賛は?

身長は?
体重は?
見た目は?
声の調子は?
周りが私の事を女とみる必然は?

まんじ、
お前が男だったらよかったのにな。

そう聞こえた気がした。

あんたが男の子だったら、お父さんは出て行かなかったかもね。
意地悪なあの人が、そう言った。

あの人は私を性的に委縮させた。
私は性に対してのもろもろが怖くて、嫌で、仕方なかった。

あの人の言った事、した事、させた事全てを私は覚えている。

対のように父は優しく、一度も手を挙げず、包み込んだ。
でも私は朧気にしかそれを覚えていない。

妹と私の記憶の中の父親は随分と差がある。

臭い物には蓋をしてしまえばいいさ、
ゼリー越しの世界、
ここは私の場所じゃない、
ああ、あれは夢のように甘く、おとぎの国のようだったじゃないか?

父は私たちを捨てた。

子供が、男である事と女である事の何が違うというの?
私は欠陥品なの?
男にも、女にもなり切れない私は、欠陥品なの?

躊躇した。
自分自身に、躊躇した。

周りがどう思うか以前に、私は自分自身に自信が無さ過ぎたし答えもなかった。
人間でいいじゃない、そう言葉でいうのは簡単。
でも頭の中はいつも違和感で混乱している。

こんなに年を重ねても、混乱は増すばかりだった。
もう若くないんだから、
今のままでいいじゃないか、
子供達の事を考えて生きなさい、
あなたは母親だから、
夫を大切にして、
女のくせに、


私達は後退している。

それだけじゃ掴めない幸せに、痛みはつきもの。
先人が血を流し、命を落とし掴んできた歴史を蔑ろにするのか?
ひとりひとりの人生がかかっている。
自由と平等と人権と、尊厳。
私達は特権が欲しいのではない。
当たり前が欲しいのだ。


(これはパソコンの遺書に代えてというセクションに書き込まれていた私の書き殴りのようなものです。歯の痛みで自分の意志に反し死を選ぶ危機にあったので書き留めていたようです。これが遺書とか絶対に嫌だ。私は死なない)

ちなみに、父の最後を芥川龍之介の歯車のオマージュとして随分前に書いた渦巻という作品もよろしければ読んでください。


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