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しょーもない植木

ウチの両親は「ジャパネットたかた」フリークなのだが、ある年のゴールデンウィークに実家に帰ると、また新しいアイテムが一つ増えていた。野菜や果物を放り込むと、それをすりつぶしてジュースにしてくれるミキサーだ。

朝になると、さっそくそのミキサーを使ったオレンジ色のドリンクが出てきた。僕はオカンに聞いてみた。

「これは何が入ってんの?」

「リンゴとニンジン。野菜入れたら嫌がるやろう思って

「え?ニンジン入ってるやん

事情を聴取すると、どうやらこの時の「野菜」とは、「緑の野菜」を意味していたという。つまりここでは「ニンジンは野菜ではない」。

我が家では言葉の定義は常に変化し続ける。それについていけないようでは、会話などとうていおぼつかないのだ。

その流れで野菜の話になったのだが、親父がとんでもない報告をし始めた。

「会社の周りに生えてるしょーもない植木抜いてな、オクラとかトマトとかスイカとか植えて育てとんねん。みんな楽しみにしとんねんで」

それはたぶん「しょーもなくない植木」やと思う。抜いたらアカンやつやと思う。

翌日には、兄貴夫妻が小さな子ども二人を連れてやってきた。もちろんここでも、例の「ミキサー」の出番だ。さっそく作り始めたオカンが、耳を疑う言葉を発した。

「子どもおるからな。野菜だけで

なぜ自分の孫にそんな嫌がらせをするのか

事情を聴取すると、どうやらこの時は単に「野菜」と「果物」を間違えただけらしい。

その夜、両親と弟と一緒にカラオケに行くことになった。何曲か順番に歌った後、オカンが「この曲入れて」と端末を僕に渡してきた。画面を見ると、そこに映っているのは、僕がついさっき歌ったばかりの「チェリー(スピッツ)」ではないか。

「これさっき俺が歌ったやん!」

「え、ほんまに?でもこれ好きやねん」

まあ確かに、他の人と同じ歌をまた歌ってはいけないというルールはない。考えてみれば、僕はこれまで誰にも強制されていない暗黙のルールに縛られていただけなのかもしれない。僕は何て愚か……って騙されちゃダメだ!危うくオカン・ワールドに飲み込まれて、不要な反省に陥るところだった。

それはさておき、今回実家に帰ってラッキーだったことのひとつに、BS放送でラグビーの「日本×南アフリカ戦」を見れたことがある。そう、日本が衝撃的な勝利を挙げたあの伝説の試合だ。普段ラグビーを見ない僕が、こんなすごい試合に限ってライブで見れるなんて。最後の最後、日本が同点を狙うペナルティーゴールではなく、逆転を狙うスクラムを選択した時には胸が熱くなった。

試合前には日本の選手の紹介映像が流されていて、そこで特にフューチャーされていたのが、五郎丸歩選手。オカンは五郎丸選手の「キックの成功率が82パーセント」というのが気に入ったらしく、試合中、五郎丸選手がボールを持つたびに「このひと82パーセントやねんで!」と嬉しそうに叫んでいる。「このひと82パーセント」と言われると、「けっこうすごいけどちょっと惜しいひと」みたいに聞こえて、なんだか申し訳ない。

ラグビーの日本勝利は確かに衝撃的だったが、うちの実家の日常もそこそこ衝撃的だ。

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