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日常を超えた先に立ち現れる主体性 *好奇心再発見の問い30 Days付き

割引あり

この記事はこんな方向けに書いています:
・自分が何が好きで、何に主体性を発揮できるのか分からない
・主体性を発揮したいと思っても、忙しくて発揮できない
・自分の生活を何か変化させようと思っても、怖く感じてしまう


本noteは「主体性と力」シリーズの第四弾です。
シリーズの一丁目一番地である「主体性」について、自分独自の主体性をどうしたら再発見できるのかということについて考えます。
今回の記事は無料部分と有料部分に分かれており、必要に応じて有料部分を購入していただくか、この記事をXでリポストしていただけると嬉しいです。


無料部分:自分の主体性の感性を磨く人生の時間の使い方を、海外の事例から二つご紹介
有料部分:自分の主体性の感性を磨く海外事例もう一つのご紹介と、自分の主体性のヒントを見つける「好奇心再発見の問い 30 Days」テンプレートをプレゼント



なぜ自分の主体性を理解することは難しいのか


特に日本社会で「主体的に生きる」ことが難しい理由。
それは日本の学校教育が「主体的に生きる」とは正反対のシステムの上に成り立っているからです。

日本の学校教育の偏差値至上主義や管理主義がどんな思想を基盤にしているかというと、「良い大学に進学して、その先で収入が安定した職業に就きなさい」という考え方に支えられています。
これは高度経済成長期のように、大規模生産をしている会社の一員になることで年々給料が上がり、生活の中でできることが増える時代には魅力的なシステムでした。

一方で、現在はVUCA (Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)の時代と言われ、産業構造は日々変わり、経済も成熟して急激な成長は望めなくなってきています。
VUCAと言われている割に、実際に毎日何が起きるか分からない、一年後どんな姿か分からない生活を送られている方は、皆さんの周りにどのくらいいらっしゃるでしょうか?
学校教育の現場においても、先生も学校から雇われている職業ですし、親も自分も安定した企業に勤めていて、子どもにも安定した職業に就いてほしいと、VUCAとはまるで反対のことをアドバイスしていることも多いのではないかと思います。

「良い大学に進学して、その先で収入が安定した職業に就きなさい」という思想が強いと、そこから外れた挑戦をしたい、または身体的・経済的・精神的にこのルートが合わないことを言い出しにくい環境が出来上がります。
そのため新しいチャレンジも生まれないですし、たまたまこのルートに合わなかった人の不登校・引きこもり・病気・自殺なども増えます。

この不安定なVUCAの時代で、実は一番安定なこと。
それは、「良い大学に進学して、その先で収入が安定した職業に就く」ことではなく、「数ヶ月間収入がなくても死なない」「自分のキャリアはいつからでも築いていける」という実体験ではないでしょうか。
この感覚があるかどうかで、自分が持っているリソースである健康や時間を、他人のために使えるか、自分のために使えるのかが大きく変わると考えています。


海外の事例から学ぶ、主体性の感性を磨く人生の時間の使い方


でも「数ヶ月間収入がなくても死なない」「自分のキャリアはいつからでも築いていける」を急に実践するのは怖いし、非現実的だ。
ここまで読んでそう思われる方も多いのではないかと思います。
はい、急に実践するのはどんな人間でも怖いし、非現実的です。

しかし、私が2022年から2023年の一年間アメリカの大学院に留学して気づいたことは、アメリカ、そして私が20年前に住んでいたオランダでは、主体性を再発見する練習になるような機会が、仕事や学びの中にシステムとして設けられているということです。
働きすぎで病気になってある日突然収入が途絶えるのではなく、健康なうちにその訓練をすることで、自分の人生の時間やお金をどう使いたいか、前もって自分の頭で考えて準備しています。
ここからは「主体的に生きる」ために海外で設けられている仕組みを、無料部分で二つ紹介し、有料部分でもう一つと、最後に時間が確保できたときに考えたい問いをご紹介したいと思います。


家族から離れて一人の時間を設ける


自分の主体性の感性を磨くためにまずやりたいこと。
それは「家族から離れて一人の時間を設ける」ことです。
日本では大学も実家から通い、働き始めて収入があるのに実家から通勤する人も多く、一人暮らしをすることは「コスパが悪い」と言われます。

しかし、人生をどうにでも創っていくことができる若い時間を実家で過ごすことこそ、将来的に「コスパが悪い」と思っています。
なぜなら家族、特に親と同じ生活スペースの中にいると、思考や行動は自然と親を気遣うように寄ってしまうからです。
どんなに先進的な親だったとしても、親自身が就職したのは何十年も前で、今とは環境がまったく異なります。
「自分が望む」進路ではなく、「親が納得してくれる」進路を優先して若い時間を過ごしてしまうと、その後も他人軸の選択の延長線になってしまいます。

例えばアメリカの大学では、多くの場合、寮生活やシェアハウス生活を送ることが一般的です。
周りの同級生がどんなことをしているか昼夜影響を受けながら、自分が何をしたいのか問い続けることが求められます。
また、就職後も自分で家を借りて一人暮らしやシェアハウス生活をすることが多く、「自分の時間やお金を自分のために使う」という経験をしやすい環境になっています。

一人の時間を設けることは若いときにだけ必要なのではなく、人生のどんなフェーズでも自分を見つめるために必要です。
例えば今子育てをしている方も、自分で意識して時間をつくらないと、いつまでも自分の時間を自分の子どものために使うことができてしまいます。
大人になってからも、時間を区切って自分一人の時間を設け、自分の人生をトータルで見てどう過ごしたいか考える権利と責任があります。
自分一人の力だけで自分のための時間を確保するのが難しい方は、コーチングを使うのも効果的です。


毎年一ヶ月休暇を取る


次に、日本社会全体としてもっと一般的になってほしいと思うこと。
それは意識して「毎年一ヶ月以上の長期休暇を取る」ことです。

皆さんが最後に一ヶ月以上何もしなかったのはいつですか?
大学生のときかもしれないし、一ヶ月以上何もしなかった時間を子どもの頃から振り返っても思い出せない人もいるかもしれません。
日本で社会人をやっていると長い休みを取っても一、二週間がせいぜいなのではないでしょうか。
例えば急に一日休暇を取っても、次の日の仕事のことを考えてしまって全然休めなかったなんていうことも多いのではないかと思います。


『TIME OFF 働き方に"生産性"と"創造性"を取り戻す戦略的休息術』によると、休息と回復には四つの要素があると言われています。

①リラックス:心と体をゆっくりさせる
②コントロール:どのように時間を過ごすかを決める
③マスタリー:フロー状態になるようにやりがいのあることをする
④ディタッチメント:仕事のことを忘れるくらい没頭する


一日休暇は緊急な体調不良や用事の対応には効果的ですが、「休む」ということについては、この四つの状態に至る前に休暇の時間が終わってしまいます。
一週間程度の休暇を取ったとしても、大抵買い物や旅行などの消費の時間だけで時間が過ぎてしまい、①のリラックスに入りかけたところでまた仕事の日々が始まってしまいます。
自分が普段やりたかったのにできなかったことをやり、そこからリラックスできる空白の①の時間が訪れ、②〜④のように自分が没頭できるようなことに辿り着くまでは少なくとも一ヶ月の休暇は必要だと考えられます。

一ヶ月の休暇なんてどうしたら取れるのか、と思うかもしれませんが、私が住んだことがあるオランダでは、二十年前の時点で働いている人が毎年一ヶ月ほど夏休みを取ることが一般的でした。
オランダは冬の日照時間が短いため、夏の間に家族でキャンプなどに行き、太陽の光をめいいっぱい浴びます。
みんなが一ヶ月ほどの休みを取ることが当たり前なので、仕事面でもそれぞれカバーし合ったり、対応できないところは割り切ったりすることも当たり前だと捉えられています。

今の仕事を続けるにせよ、休暇を通して没頭したことを深めるにせよ、「健康な状態で長期間休む」ことは、長い目で見たときの人生の創造性や豊かさを生むことに寄与します。


人生の節目にギャップイヤーを取得する


最後に、「主体性を発揮する練習」のために一番素晴らしいと思った海外の仕組みが「人生の節目にギャップイヤーを取得する」ことです。
正直自分自身留学に行くまでギャップイヤーという考え方は知っていたのですが、どういう効果があるのかはまったく体感として理解できていませんでした。
日本から留学に行くと、留学が終了してすぐに新しい職場に転職したり、さらには留学費用の関係で元の職場に戻る方もいますが、ギャップイヤーこそ留学の真髄だと思っています。その理由は

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