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『バーニング 劇場版』

イ・チャンドン監督が村上春樹の短編『納屋を焼く』を元にした長編映画『バーニング劇場版』を観に日比谷に。この作品はTOHOシネマズシャンテでしか都内では上映していなかったから。原作になる短編は先日読んでいた。NHKで放送されたバージョンは未見だった。


「シークレット・サンシャイン」「オアシス」で知られる名匠イ・チャンドンの8年ぶり監督作で、村上春樹が1983年に発表した短編小説「納屋を焼く」を原作に、物語を大胆にアレンジして描いたミステリードラマ。アルバイトで生計を立てる小説家志望の青年ジョンスは、幼なじみの女性ヘミと偶然再会し、彼女がアフリカ旅行へ行く間の飼い猫の世話を頼まれる。旅行から戻ったヘミは、アフリカで知り合ったという謎めいた金持ちの男ベンをジョンスに紹介する。ある日、ベンはヘミと一緒にジョンスの自宅を訪れ、「僕は時々ビニールハウスを燃やしています」という秘密を打ち明ける。そして、その日を境にヘミが忽然と姿を消してしまう。ヘミに強く惹かれていたジュンスは、必死で彼女の行方を捜すが……。「ベテラン」のユ・アインが主演を務め、ベンをテレビシリーズ「ウォーキング・デッド」のスティーブン・ユァン、ヘミをオーディションで選ばれた新人女優チョン・ジョンソがそれぞれ演じた。第71回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、国際批評家連盟賞を受賞。(映画.comより)


村上春樹の原作とは違う箇所はいくつかあるが、現在の韓国を舞台にするための変更であり違和感はない。最後に主人公のジョンスが起こす行動に関しては、現在の社会、そして世界における「怒り」であり、僕は納得できてしまった。


小説家志望でありながらも書きたいものが見つからないジョンス、彼の父は裁判中でありプライドが高いせいで起こした事件を悪化させている。その父親に愛想をつかせてジョンスが若い頃に出て行った母親は借金まみれという有様。ヘミがアフリカで覚えた踊りをバーで踊る時にその祝祭性と呪術性を彼女は呼び込んでしまったのかもしれない。と同時に物語の後半では彼女がジョンスに語った「井戸」の話、村上春樹的なワードだが、のことなどにおいて彼女は信用できない語り部であることが示唆される。そして、ジョンスが「ギャッツビー」だと形容した何の仕事をしているのかわからないが、グレードの高い生活を送る金持ちの若者であるベン。彼はジョンスにビニールハウスを燃やしているという話をしたりするが、実際のところ作中では彼が何の仕事をしているのかさっぱりわからない。ジョンスとベンの貧富の圧倒的な格差とヘミが消えてから彼女の行方を追うジョンスはベンを疑って行動を起こす。


ヘミがいなくなってから後半でジョンスが見つけるある証拠にも似たふたつのもの。彼女が消えることと世界の謎、村上春樹作品に見られる恋人や妻がいなくなって、世界の謎に主人公が巻き込まれてしまうというストーリーが映画でも展開される。

問題は、主人公は世界の謎は解明できない、彼は探偵ではない。ただ、謎を解くことはできないが自分の解釈で世界をなんとか把握しようと試みる。そして、行動を起こすことになる。ただ、問題は信用のできない語り部のようなヘミ、行動やバックグラウンドや感情が見えないジョンスというベンに関わる人間の不透明さ、あるいは他者は結局他者であり、真実はわかりようがない。

世界の謎は謎のままに、自分だけが知った事実や推理によって、世界をイメージする。それが真実だとは言えない、ということをこの映画のラストでは見せる。彼の「怒り」は様々な要因から起こり爆発するが、世界の謎はただ残されていくだけだ。だからこそ、リアリティがある。僕たちは世界の謎を解き明かすことはできないからだ。

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