見出し画像

ショートショート8『電波塔』

建設中の電波塔の骨組みが天高くそびえ立っている。

大阪市西部に建設されているその電波塔は、728mの高さを誇る予定で東京スカイツリーを大幅に超える高さらしい。

定食屋のテレビの中では大阪市長が整った眉毛を上下させながら威風堂々語っている。

「この電波塔は大阪の新たなランドマークであり、東京都さんに肩を並べていくぞという意思表明でもあります!」

しかしインターネット全盛のこの時代において電波塔の役目などたかが知れている。自治体のアピールの為に血税を注ぎ込んで無駄なシンボルを建てる事に少なからず批判はあるみたいだ。

目立ちたいが為に大金を注ぎ込むほど政治家は馬鹿じゃないだろうし、このタワー建設には色々な大人の思惑はあるんだろうけど、僕のような小市民には知る由も無い。

休憩を終え塔の麓にあるコンビニの勤務に戻ると、やっぱり今日もカメラを首からぶら下げたマニアが数人店内で買い物をしている。

世の中には色々なマニアがいるみたいで、彼らはいわゆる『電波塔マニア』。完成前の塔を観るためにこんな何もない街に来るんだから、僕からすると奇特な人種だ。


つつがなく夕方の勤務を終え、店の外に出ると女性の声に呼び止められた。

「あの、そちらのコンビニの店員さん…ですよね。」

振り返ると、若い女性が立っていた。
真っ白のワンピースにパステルカラーのミントグリーンのカーディガンを羽織った、150cm程の小柄な女性。夕焼けが前髪を眉の辺りで揃えた黒髪のロングヘア―に反射してとても綺麗だ。

「あの、この辺りのホテルを予約しているんですけど、スマホの電池が切れてしまって…。この建設中の電波塔を観るために山梨から来たんです。」

そう言って、小さな体に不似合いな大きなカメラを持ち上げて照れ臭そうに笑う。

正直に言って、この時の僕の心臓は張り裂けそうになっていた。しょぼくれたフリーターの僕が会話をするには、彼女は余りにも可憐で美しかった。

「すみません、急にこんなお願いしてしまって….」

僕は彼女の声を遮った。

「いや。この辺りが地元なので大体の場所は案内できますよ。ホテルの名前教えて頂けますか。マップで調べてみますんで。」

緊張のあまり、ラッパーの様に一息でかなりの文量を吐き出してしまった。

ホテルの名前を聞いて2人で歩き出す。1秒が1時間に感じるような精神状態だ。実際には大した時間は経っていなかったのだろうが沈黙に耐え切れず、この上なくシンプルな質問を投げかける。

「この建設中の電波塔を観に、わざわざ大阪に来たんですか?」

彼女の表情が明るくなる。

「そうなんです。私、電波塔がすごく好きで。中学生の修学旅行で行った東京で初めて東京タワーを生で見たんです。展望台からの景色にはそこまで何にも思わなかったんですけど、麓から見た迫力に圧倒されちゃって。」

少し早口になった彼女の話に「へえ」とだけ相槌を挟み込む。

「そこから大学生になってアルバイトを始めたんで、旅行も兼ねて札幌とか名古屋のテレビ塔とか、東京スカイツリーも観に行って。それでそれで。今回初めて建設中の電波塔を観れるー、ってテンションが上がって大阪に飛んで来たんですよ。」

「建設中の電波塔なんて何が良いねん、ただの鉄の骨組みやん。」と普段の僕なら言う所だが、こんな可愛らしい女の子を前にした事で「素敵な趣味ですね」に変換されてしまった。すると、彼女は複雑な表情を浮かべた。

「ありがとうございます。でも、こんなんだから彼氏も全然出来ないんですけどね。」

今度はおどける様に笑って質問を投げかけてきた。表情が豊かな人だ。

「お兄さんは彼女いるんですか?」

もちろんいない。女性経験すらない。もし経験があれば今も余裕を持って会話が出来るのに。僕は心なしか”まあ、今は”というニュアンスを含みながら「いませんね」と答えた。

「そうなんですか。じゃあ、お互いに恋出来るように頑張んなきゃいけませんね。」

彼女がそう言った時、目的のホテルに到着した。
自分に自信のある男はここで食事に誘ったりするんだろうけど、僕にそんな事出来る訳ない。

でも。
短かったけれど、何だか素敵な時間だった。

彼女はホテルの入り口で手を振り、沈みかけの夕陽に照らされながらお礼を伝えてくれた。

「本当にありがとうございました!恋人が出来たら、夜の電波塔も使っていきましょうね!」

建物に消えていく彼女。

不意に『昔の阪神ファンみたいな”電波塔下ネタ”』を放り込まれた僕は、無意識で電波塔の麓に戻った。建設途中の電波塔は天を貫くような高さに感じた。

【終】

この記事が参加している募集

恋愛小説が好き

サポートをしてくれたら、そのお金で僕はビールを沢山飲みます!