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ショートショート2『魔法少女』

今日も長い残業を終えた。

時刻は22時半。終電まで40分に迫っている。

僕の勤務する会社はまだ歴史の浅いベンチャー。新しい事好きな若い社長の方針で、社屋はオフィス街や都心部ではなく東京の郊外に位置している。
木造の家屋をリノベーションした個性的な建物だ。

仕事終わりの帰り道。コンビニでビールを買って、それを飲みながらのどかな住宅街を抜けて駅まで歩く。これが意外と一日の楽しみだったりする。

帰ったらどのドラマの続きを観ようかなと考えながら、駅の手前の最後の角を曲がると、1匹の柴犬が立っていた。
首に何やら派手な銀色の首輪を付けているが、周りを見渡しても飼い主は見当たらない。
どこかではぐれてしまったのか。それとも野良犬か。柴犬の野良犬なんて珍しいな、と思いつつその柴犬に近付く。

僕は犬が大好きなのだ。ペット可のマンションは家賃が高いし、男の一人暮らしだと散歩にもろくに行けやしないので今は諦めているが、本当は犬と一緒に暮らしたい。疲れて寝ている時にベッドに潜り込んできてほしい。

何故そんなに犬が好きかというと、物心が付いた瞬間から実家で飼っていたから。しかも、この犬と同じ柴犬。名前はタクロウ。名前はおばあちゃんが付けた、らしい。数年前、タクロウが病気で亡くなった報せが入った時が人生で一番泣いた瞬間。

ほろ酔いだった事もあり、思わず「タクロウ~」と呼びながらその柴犬に近付くと、少年のような高い声が聞こえた。

「僕はタクロウじゃないよ」

周りを見渡すが誰もいない。それはそうだ。時刻は22時50分。子供が出歩くような時間じゃ無い。

「こっちだよ」

声の方向に顔を向けると、そこにはさっきの柴犬がいる。
よく見ると口もパクパクと動いている。

「僕の声だよ」

柴犬がそう喋っているように見える。
牧歌的な柴犬のルックスと高音の声のミスマッチが何だかむず痒い。
あり得ない光景にストレスを感じたのか、頭が少しだけ痛くなってきた。こめかみを押しながら柴犬に問いかける。

「君が…喋っているのかい?」

柴犬は答える。

「そうだよ。僕はヒサシっていうんだ。」

ヒサシか。くそ、GLAY違いか。
パニック状態の脳内にも意外と冷静な部位はあるようだ。

「一体…君は何なんだ」

酷く抽象的で曖昧な質問をしてしまった。しかし、こんなお伽噺のような状況で的確な問いができる奴がいたら、そいつはサクラだと断言できる。
ヒサシは答える。

「僕は、君を魔法少女にするために来たんだ」


こいつは本気で言っているのか。全く理解不能だ。

これは言っている内容が全く理解できないという意味ではない。
様々な創作物の中で「異世界の小動物が少女の元に現れて魔法少女にスカウトする」的な設定は観た事がある。

なので、こんなに突拍子も無い状況下でもヒサシの発言の大枠を捉える事は出来ている。だからこそ整理をしておきたいポイントがあるのだ。

まずはこの、異世界と現世を繋ぐ動物の「品種」だ。
柴犬は前例にないだろう。
ベタな所だと、黒猫や白猫。フクロウやカラスあたりも見たことはある。
亀なんかもありかもしれない。

柴犬はちょっと日本的過ぎるというか、現世的過ぎるというか、とにかく世界観とマッチしないような気がす….

「なんで柴犬なのかって考えてるでしょ」

驚いたが、すぐにその疑問を飲み込む。
まあ、こんな展開だ。思考の読み取りくらいは平気で仕掛けてくるか。
ヒサシは続ける。

「僕はこちらの世界では実体があるようで無いんだ。現世の物に触ることも出来るし、現世の生物が僕を触ることも出来る。でも実体は無いんだ。
それは何故か。僕が住んでいる世界には”形”という概念が存在しないんだ。思念体というか、光の玉というか、そういったボヤっとしものでしかない。名前も持ってない。”ヒサシ”という名前も適当な文字列さ。そもそも僕たちの世界には言語も無いからね。あっ、でも個体毎の認識はできているよ。呼び合ったり、第三者に個体を説明する機会がないから、名前なんて必要ないんだ。そんな名前も実体も無い生命体だから、適当な形を借りて現世に存在している。柴犬だろうが、黒猫だろうが、蚊やゴキブリ、なんだっていいんだ。あっ、でも蚊やゴキブリだと話しかける前に殺されちゃうかもね。えへへ。」



めっちゃ喋る、この柴犬。
1聞いたら10返すタイプの思念体だ。ていうか僕は聞いてすらいない。あっちが勝手に思考を読み取っただけだ。
なんだ、1聞いたら10返すタイプの思念体って。

「それと魔法少女ってなに?俺、男なんだけどって思ってるでしょ。」


まだ言ってないのに。また読み取ってきた。
勝手なことをするな。
まあ、思ってはいるけど。
ヒサシは話し始める。

「さっきの話に通ずる部分はあるんだけどさ、魔法少女っていう言葉は存在を表す記号でしかないんだ。僕らの世界には言語はないって説明したよね。だからさ、現世の人達が分かりやすい言葉に当てはめている訳。んー、例えば魔法使いって言っちゃうと、黒のローブを着て杖を持っている姿をイメージするでしょ。ハリー…なんだっけ。あの映画みたいに。魔法少年、魔法青年、魔法壮年、この辺りだとそんな言葉は現世に無いからイメージを掴みにくい。ここで指す魔法少女っていうのは、変身をして世に潜む悪しき存在と魔法を使って戦う者の総称なんだ。」

まあ、言っていることは理解出来るけ…..

「もう大体分かってると思うけど、こちらの世界には性別も存在しないよ。だから少女という言葉も僕らにとってはあまり意味を成さないんだよね。特に人間は性別にこだわりを持ちすぎているんだよ。前に魔法少女になってもらったお爺さんも異常にそこに引っ掛かってきて、中々理解してもらえなかったんだ。年を取ればとるほど性別なんてモノに囚われる傾向にあるみたいだね。全ての生命にそれぞれの個性が宿ってるんだから、そんなもの気にしなくたっていいと思わない?」


長いって。
途中で感想を挟む事すら出来なかったじゃないか。
そして最後にめちゃくちゃ良い事言いやがった。柴犬の形をした思念体が日本の社会問題を斬るなよ。
あと、魔法少女になってもらったお爺さんってなんだ。めちゃくちゃ会いたいんだけど。

「これで疑問は晴れたかな?」


察しの通り。僕は「一体…君は何なんだ」以来喋っていない。

「じゃあ、魔法少女になる手続きをしたいんだけどさ」

手続きに進みやがった。まだ良いって言ってないのに。

「一番重要なのは血液型なんだ。魔法少女に変身するには銀色のバングルを使うんだけどさ。あっ、今丁度僕の首に付いてるような感じのものね。そのバングルで動脈にアクセスして、体中の血液を媒体にして変身するんだ。血液っていうのは人間の体中に流れているものだから、そこにアクセスする事でスムーズに、体への負担を減少させて変身が可能って訳。最初は少し拒否反応が出るかもしれないけど、徐々に慣れていくから安心して。」


手術の説明受けてるのかと思った。
何だよ。血液とか拒否反応とか。
これから誓約書とか書かされんのか。

「それでね、このバングルでアクセスする事が出来るのが、人間でいうAB型の人だけなんだよね。」

僕はここで久しぶりに口を開き、柴犬の話に割って入った。

「あの!俺、A型なんだけど。」

ヒサシはテンションを変えずに言う。

「えっ、そうなんだ。ごめん、じゃあ君は魔法少女になれないや。今までの話は聞かなかった事にして。じゃあね。」

ヒサシは、霧の様に消えていった。



最初に確認しろよ。対象になる人間かどうかをさ。
役所に行って自治体の補助金貰おうとして長い説明聞いたのに対象住民じゃなかった、みたいな事しやがって。
キレるやつはキレるぞ、これは。

時計を見ると23:18。
完全に終電を逃していた。

仕方なくタクシーで帰宅。運転手に「飲み会帰りですか」と聞かれたが、無視してしまった。だって説明のしようがないのだから。

しかも、代金は4000円。

ふざけるな。あの柴犬の形をした思念体。ヒサシ。
ものすごく腹は立ったがどの方角にぶつけていいのかすら分からない。

俺が魔法少女だったら、俺が魔法少女だったら、あいつに殺人ビームをお見舞いしてやったのに。

殺人ビームが撃てるのかどうかは、知らないけど。


【終】


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