マガジンのカバー画像

読んだ本

10
読書の記録
運営しているクリエイター

記事一覧

岸政彦 柴崎友香 「大阪」

岸政彦 柴崎友香 「大阪」

本の帯に、ところで私はこの帯というのが大層苦手で、昔は買ったらすぐに外して捨ててしまっていたのだけれど、久しぶりに買う本たちはどうやら帯が装丁の一部、デザインの一部になっているようで持て余しているのだが、その帯に「大阪に来た人、大阪を出た人」とある。それなら大阪生まれで大阪から英国へと移住し、約30年ぶりに帰国した私は「大阪に戻った人」だなと、ぼんやり思った。

大阪「府」と大阪「市」の「二重行政

もっとみる
ヘレン・マクドナルド H is for Hawk (オはオオタカのオ)

ヘレン・マクドナルド H is for Hawk (オはオオタカのオ)

一度だけまともな庭のある家に住んだことがある。3人でシェアしていた築150年くらいの2階建てのテラスハウスで、ダイニングキッチンから大きなガラス張りの開口部を通って出られる裏庭があった。その庭に、近所で飼われている猫たちがやってくるのが好きだった。猫たちは、それぞれに好みの場所を見つけてはゆっくりと座って身繕いをしたり、あちこち茂みを覗いて回ったり、縄張り争い(よその庭だというのに!)をしたりして

もっとみる
怒ること。怒るために。- 『武漢日記』と『海をあげる』

怒ること。怒るために。- 『武漢日記』と『海をあげる』

2冊の怒りに満ちた本を読んだ。どちらも著者は女性で、ふたりとも自分が生まれた場所を深く深く愛していて、それゆえに、そこに生きる人々を、暮らしを、命を脅かす力に向かって、体を震わせるて、心の底から腹の底から怒っている。ふたりの眼差しは、それでも日々を懸命に生きる、生きようとする人々の姿に注がれ、彼女たちの耳は、ともすればスピーカーから大音量で流れてくる政治の言葉にかき消されてしまいそうな、小さな声、

もっとみる
岸政彦 断片的なものの社会学 (とエジンバラ公フィリップの死)

岸政彦 断片的なものの社会学 (とエジンバラ公フィリップの死)

2021年4月9日、エジンバラ公フィリップが逝去した。99歳だというので、大往生といっていいのだろうが、キリスト教にも「大往生」という概念はあるのだろうか。

その日一日、英国メディアはどこも延々とフィリップ追悼番組を放送していたそうだ。いつも聴いているBBCラジオの国外向けのワールドサービスでさえ「予定を変更して」の追悼番組が放送された。

エジンバラ公はその高慢かつ傲慢で無礼な言動でよく知られ

もっとみる
サリー・ルーニー Normal People

サリー・ルーニー Normal People

I was two years late for the party, but , well, I thought, better late than never. And yes, a hugely rewarding read, it was...

2017年の夏、友人の誘いもあって引っ越した先は、特に「ミレニアル世代」に人気の街だった。友人が家を買った頃は、ロンドンを代表する貧困地区の中で

もっとみる
ジェイムズ・リーバンクス English Pastoral

ジェイムズ・リーバンクス English Pastoral

* 英語バージョンはこちら/English Version

それこそ何十年も前の話だけれど、北イングランドのシェフィールドという街の大学院の修士課程にいた。入学してしばらく経った頃、コースの計らいでピーク・ディストリクト国立公園に皆でピクニックに行くことになった。ピクニックとはいってもイングランドの秋のこと、予想通りの雨だった。もちろん雨天決行だ。イングランドだもの。

霧のような雨の中、うね

もっとみる
James Rebanks - English Pastoral

James Rebanks - English Pastoral

English Pastoral is such a beautifully crafted book - woven with the warp of vividly told personal histories and memories, and the weft of Rebanks's utmost love, faith and sense of responsibility towa

もっとみる
須賀敦子 ユルスナールの靴

須賀敦子 ユルスナールの靴

1987年、私は二十歳になった。その年の6月に森茉莉が逝き、12月にマルグリット・ユルスナールが死んだ。二十歳の私はようやっと文学の浜辺に立ったばかりで、おそるおそると爪先を濡らし、ひとつふたつと拾い上げた美しい貝殻の、選んでポケットにしまったうちのふたつがほろほろと崩れてしまった。一歩二歩と歩み出したばかりの私には、彼女たちが「死んでしまう」というのが不思議でたまらなく、そしてなんとも心細かった

もっとみる
柳美里 JR上野駅公園口

柳美里 JR上野駅公園口

全米図書賞の翻訳部門賞を受賞したと知り、そういえばWaterstonesにもたくさん平積みで置いてあったなと思い出して手にとった。最近意識して読むようになった日本のコンテンポラリーな小説には個人的な「当たり外れ」があるのだが… と慎重にページをめくり出すと止まらなくなった。

社会からこぼれ落ちてしまった人間が唯一の「居処」として見出した公園。都市にぽっかりと口を開けた、現れた、裂け目のような空間

もっとみる
まだ見ぬ風景/どこかで出会った景色

まだ見ぬ風景/どこかで出会った景色

先日のこと、私の本棚にアルンダティ・ロイのThe Ministry of Utmost Happinessがあるのを見つけて、遊びにきていたインド2世の友人が尋ねた。

私はこの本のページをめくるたびに、デリーの音がして、匂いがするんだけれど、デリーへ、インドへ行ったことのないマリはどうなんだろう。

あ、と思った。私の頭の中にも音が匂いが光が立って色がひらめくのだけれど、あれはどこから来るのだろ

もっとみる