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『暇と退屈の倫理学』を読む

本日は、JR飯田線の長旅用に買い込んで読み始め、大量の付箋紙を貼り、知的興奮を味わいながら読み進めた國分功一郎『暇と退屈の倫理学』(新潮文庫2021)の読書感想文です。

2022年東大・京大で1番読まれた本

2021年発売の新潮文庫版(令和5年3月 16刷)で読み進めていますが、オリジナルは朝日出版社から2010年に、増補新版が2015年に発刊されています。哲学書という難解なジャンルの本ながら、異例のベストセラーになっていると知り、興味を持っていました。購入した本に巻かれていた帯には、『2022年東大・京大で1番読まれた本』、お笑いコンビ、オードリーの若林正恭氏の『國分先生、まさか哲学書で涙するとは思いませんでした…』というコメントがあります。

暇と退屈の倫理学

本書がこれだけの人気を維持している秘密の一つに、著者の國分功一郎教授の「哲学の素養に乏しい人にも何とか伝わるように……」とかなり心を砕いたと思われる、簡潔で優しい文体があることは疑いないところです。

本書は哲学の本ではあるが、哲学を勉強したことがない人でも、自分の疑問と向き合おう、自分で考えようという気持ちさえもっていれば、最後まで読み通せる本として書かれている。

P4 増補新版のためのまえがき より

実際、私も國分先生の丁寧な文章と的確な補助線、見事な段落構成に、理解を何度も助けられました。文句無しのお奨め本です。

環世界間移動能力 inter-umwelt mobility

指折りのベストセラーだけあって、本書についての解説文や読書感想文がネット上には多数存在します。私も幾つか読んで参考にさせてもらいました。他の読者の着眼点を知ることで、ここ数日かけて読み込んだ内容のいい復習となりました。

本書は、どこも読みどころが満載ですが、私が一番興奮して読んだのは、『第六章 暇と退屈の人間学ートカゲの世界をのぞくことは可能か?』(P287-338)でした。エストニア生まれの理論生物学者、ヤーコブ・フォン・ユクスキュル(Jakob Johann Baron von Uexküll 1864/9/8-1944/7/25)の「環世界 umwelt」の概念を用いて、ドイツの大哲学者、マルティン・ハイデッガー(Martin Heidegger 1889/9/26-1976/5/26)が考察した退屈についての重大な欠陥を指摘する章です。

この章で國分先生は、トカゲ、ダニ、カタツムリ、ミツバチ、盲導犬などを次々と持ち出して、縦横無尽に論を展開しています。ダニが、森の中で哺乳類を探し当て、吸血に至るプロセスを解説するあたりは痛快です。

また、「時間とは何か?」という問いに対するユクスキュルの考えを紹介する部分もかなり面白かったです。

ただこの難問に対し、ユクスキュルは驚くほどあっさりと答えを出すのである。時間とは何か? ー時間とは瞬間の連なりである。
(中略)
彼はこう言う。人間にとっての瞬間を考えることができる。人間にとっての瞬間とは十八分の一秒(約0.056秒)である。

P306

人間にとっての"瞬間”が物理的に計測可能である、という説を知ったのは初めてのことであり、新鮮な驚きでした。

國分先生は、本書のタイトルである『暇と退屈の倫理学』の考察を延々と進めていく中で、ハイデッガーがかつて展開した退屈論の分析にかなりの頁数を割いています。大哲学者・ハイデッガーに十分な敬意と配慮を払いつつ、その視座の物足りなさについて、この章で堂々と反論を展開します。私は、國分先生の結論は以下の一文に集約されていると感じました。

ハイデッガーははなから人間は特別であるという信念を抱いており、その信念に合うように立論している

P316

國分先生は、人間の持つ幾つもの環世界を比較的自由に移動できる能力を『環世界間移動能力 inter-umwelt mobility』と名付けます。これまでも、環世界ということばは時折耳にしていたものの、本書の記述によってかなり私の理解は深まったような気がしています。


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