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『黒い表紙のノート』

俺が盗みを始めたのは10代の頃だ。
もちろん、人に言えるような家庭環境じゃなかった。
しかし、そんなことは関係ない。
だからどうだとか言ってほしくはない。
俺は、俺の意志で盗みをやっているんだ。
窃盗、空き巣、つまりコソ泥だ。

俺は俺の犯罪を克明にノートに記した。
黒い表紙のノートに日付から時間、その時の天候まで。
たかがコソ泥の分際でと笑うかもしれない。
笑わば笑えだ。
どんな人間も生きた証をこの世に残したい。
コソ泥だって人間だ。
それに、神はこの世に無駄なものを作らなかったとすれば、案外、コソ泥にも何かしらの存在価値があるのかもしれない。
そうじゃないか。
毎日、この何冊にもなったノートを肴に一杯やるのが俺の楽しみだ。

ところがだ。
ある日、ノートを見ると、新しいページに、身に覚えのない犯罪が記録されている。
日付は、明日だ。
試しに、俺は次の日、そこに書かれた通りの手口で盗みをやってみた。
うまくいったじゃないか。
するとどうだ。
毎日、毎日、新しい犯罪が書き込まれている。
俺は、どんどんそこに書かれた通りの盗みを繰り返していった。
こんなことってあるんだなあ。

ノートのページはどんどん埋まり、新しいノートが必要になった。
買うのは馬鹿馬鹿しい。
俺様は、盗人だ。
文房具屋に入り、同じ黒い表紙のノートを探した。
たが、その横の高級な革張りのノートが目についた。
そうだ、これならもっとでかい仕事が入ってくるんじゃないか。
俺は、それを懐に隠して店を出ようとした。

俺は窃盗で現行犯逮捕された。
振り向くと、黒い表紙のノートが、ニヤリとよじれたような気がした。

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