「ではこれをつけてから、こちらにどうぞ」
添乗員はVRゴーグルを観光客に配った。
「装着が終われば、あちらをご覧ください」
おおーと歓声が上がる。
砂浜では、佐々木小次郎が長い刀を手にいらいらと歩き回っている。
「これからは絶対にそのゴーグルを外さないでください。ほら、波に揺られながら、宮本さん、いや武蔵が現れましたよ」

地元の人々は考えた。
流行りのVRで、この巌流島に観光客を呼び込めないものか。
デジタル巌流島計画。
しかし、思いのほか予算のかかることがわかった。
でも、もう引き返せない。

砂浜では武蔵に敗れた小次郎が倒れている。
「ではそのままゴーグルを絶対に外さずに反対を向いてください」
その時、興味のないひとりの男の子がゴーグルを外してしまった。
砂浜を見た男の子は、
「あっ、あそこに」
慌てる添乗員。
「佐々木さん、宮本さん、逃げて」
それ以来、形だけのゴーグルは廃止されて、市の観光局の佐々木さんと宮本さんが生で演じることとなった。

※実際の巌流島では、こんな小芝居はやっておりません。