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『命乞いする蜘蛛』 # 毎週ショートショートnote

壁に小さな蜘蛛を見つけた。
新聞紙でバチンといきたいところだが、俺は新聞をとっていない。
仕方なく、ティッシュを2枚引き抜く。
「やれ打つな」
声がした。
命乞いにしては野太い声だ。
ティッシュを蜘蛛に近づける。
「おいおい、打つな、打つな」

「やれ打つなってのは、小林一茶の俳句だ。でも、蝿が足をするのは命乞いしているわけじゃない」
蜘蛛は、壁から畳の上に移動しながら話し始めた。
「だから、あの時一茶は、バチンと蝿を仕留めるべきだったのさ。まあ、結局あの蝿は、あの数分後にお手伝いの女の子にやられちまうんだけどな」

「で、お前は命乞いしてるのか」
蜘蛛と話せることが当然のように、俺は話しかけてしまった。
蜘蛛は畳の上に降り立ち、ひょいと首を上げた。
「こうして話をしているだけさ。命乞いをしたって、殺す奴は殺す。それに、壁より畳の上で死にたいのは、お前らと同じだ」
俺がまたティッシュつまむと、蜘蛛は仰向けになり、8本の脚を器用に擦り合わせた。

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