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聖書はどのようにできるのかー日本語聖書ができるまでー

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世界中で類を見ない不動の大ベストセラー、聖書はどのように私たちの手元へ届くのでしょうか。今回は翻訳聖書ができるまでを、私物の写真を用いてご説明したいと思います。なお、とても簡易的な説明となりますがご了承ください。

写真の左は口語訳聖書、右は新改訳聖書です。日本にはこのように多くの翻訳聖書があります。原語への忠実さを重視するもの、日本語としての読みやすさを重視するもの、教派など、それぞれのポリシーをもって翻訳がなされています。

翻訳は、主にギリシャ語聖書(左)ヘブライ語聖書(右)から訳されています。これらが底本と呼ばれる翻訳の大元となる本ですが、この底本にもいくつか種類があります。

写真は代表的なネストレ・アーラントと(左・新約聖書の底本・ギリシャ語)ビブリア・ヘブライカ・シュトゥットガルテンシア(右・旧約聖書の底本・ヘブライ語)です。


中身はこんな感じです。簡単に言えば、この二つの旧約聖書と新約聖書の翻訳が合わさって一つの聖書が出来上がります。

これは新約のヨハネ福音書冒頭です。ページの下部にいろいろな記号があることにお気づきでしょうか。

拡大するとこのようになっています。これはアパラトゥスと呼ばれるもので、ヘブライ語聖書にもあります。写本についての情報を示した部分です。聖書のオリジナル原本は発見されていないものの、膨大な写本が残されています。原語の底本が翻訳され一冊の日本語の聖書となっていますが、そのギリシャ語とヘブライ語の底本が一冊の本になるには多くの工程が必要なのです。はじめに聖書を記した人がいて、それを後代に伝えるために写す人がいて……と、2千年以上の間、何世紀にもわたり多くの写本が残されたことで、今私たちは聖書を読むことができるのです。

数えきれないほどの写本の取捨選択によって、聖書の原語の底本が出来上がり、それが翻訳されたものが私たちの手元にあります。また、新約であっても同時代に書かれた書物の写本は殆ど残っていません。例えばカエサルの「ガリア戦記」は9-10ほどの写本、タキトゥスの著作などもさほど変わらない程度ですが、新約聖書の写本はギリシャ語だけで5300以上あります。桁違いです。
 いかに多くの人が強い意志と情熱によってキリストの出来事を記録し脈々と伝えようとしてきたかが分かります。
まだ印刷技術もビデオもレコーダーもなかった時代、克明に出来事を記録し、人々に伝えるために書かれたのが、数えきれない写本なのです。

写本の情報は様々な記号で示されています。これは、ギリシャ語新約聖書(ネストレアーラント)のアパラトゥスの記号について示した紙です。例えば「P」のように見える記号はパピルスの写本について示しています。他にもℵ(シナイ写本)やA(アレクサンドリア写本)のようにいろいろな記号があります。右にある「Ⅱ」のような記号はそれが何世紀のものかを示しています。アパラトゥスには上の本文に採用した文章と同じ写本、異なる言葉の写本、言葉が欠けている写本、逆にある言葉が書き加えられている写本、などの情報が記号によって示されています。この情報によって読み手もいろいろな可能性を知ることができ、そこから相応しい言葉を採択し、翻訳に落とし込んでいくのです。

聖書は他に類を見ない写本の数を誇り、最古の写本から原本が書かれた時点にさかのぼる時間がとても少ないため、奇跡的にとても信憑性の高い情報が残されているといえます。遥か昔の書物でありながら、このようにして私たちは精度の高い一冊の聖書を手にすることができます。原本の著者の数自体、何十人もおり、書かれた時代も様々でありながら、内容には一貫性があります。

翻訳聖書の存在自体が、一つの奇跡といっても過言ではないと言えるのではないでしょうか。

主に底本の簡易的な説明となりましたが、今回の説明で、一冊の翻訳聖書ができるまでの工程を少しでも知っていただければ嬉しいです。

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