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【読書録16】「心理的安全性」弱い個人を変え強いチームになるために~エイミー・C・エドモントン「恐れのない組織」を読んで~

 最近よく耳にする「心理的安全性」。その産みの親であるハーバード大学教授、エイミー・C・エドモントンによる著書。副題は、「『心理的安全性』が学習・イノベーション・成長をもたらす。」半年ほど前に読んだこの本を、今回は取り上げる。

 「心理的安全性」と言えば、本書のほかにも、石井遼介氏の「心理的安全性のつくり方」もベストセラーとなっている。本書は、理論的な面に重点を置き、「心理的安全性のつくり方」は、日本の組織に合わせた実践方法に重きを置いていると感じる。「心理的安全性」について理解を深め、実践するには、両書とも必読であろう。

「心理的安全性」とは?

早速内容に入っていきたい。「心理的安全性」とは何か?前述の2つの本では、以下の通り定義づけする。

チームの中で、率直に発言したり、懸念や疑問やアイデアを話したりすることによる対人関係のリスクを人々が安心してとれる環境のこと 
            エイミー・C・エドモントン「恐れのない組織」

組織やチーム全体の成果に向けた、率直な意見、素朴な疑問、そして違和感の指摘が、いつでも、誰もが気兼ねなく言えること
                 石井遼介「心理的安全性のつくり方」

 確かに、組織の中で意見を言いにくいことや、逆にもっと早く言ってくれれば良かったのにと思うことが多々ある。そしてそれが、チーム力をそいでいることも直感的に理解できる。

なぜ最近、注目されるのか?

 著者のエドモントン教授は、1999年の論文で初めて心理的安全性について提唱しているが、最近になって、注目度が増している。その背景について、本書に記載内容も含めて3つ挙げてみたい。

(1) Googleによる研究成果の発表

 GoogleによるProject Aristotleという研究の成果として「より効果的なチーム」には、「誰がチームのメンバーか」よりも「チームがどのように協力しているか」というのが発表されている。

本書の中でも以下のように触れている。

私たちが見出した五つの成功因子のうち、心理的安全性の重要性は群を抜いている。それは他の四つの土台なのだ
ジュリア・ロゾフスキ-「グーグルで有能なチームになるための5つのカギ」

 なお、他の4つとは、「相互信頼」「構造と明確さ」(チームの役割、計画、目標が明確になっている)「仕事の意味」(仕事が自分にとって意味があると感じている)「インパクト」(仕事が、意義があり、良い変化を生むものだと思っている)である。

ちなみに、コードネームのアリストテレスは、ギリシアの哲学者・アリストテレスが「全体は部分の総和に勝る」と言ったことからつけられたらしい。

Googleのレポートは、以下で詳細を確認できる。

(2) 複雑で不確実な時代背景

 2つ目が時代の変化である。著者によれば、産業革命以来、成長のエンジンは、「標準化」や「大量生産」であったが、現在は、それが「発想と創意あふれるアイデア」に変わっており、一人ひとりの才能を効果的に活用する必要性が増していると言う。

チームで行う仕事が増加し、相互依存が進む中、「ミスを迅速に報告・修正」、「部署を超えた団結」、「斬新なアイデアの共有」など心理的安全性があることによりもたらされるものが価値の源泉になっていると言う。

(3) 最近のマネジメント課題にフィット

また、昨今、テレワーク環境におけるチームビルディングが組織マネジメントにおける大きな課題になったり、日本において、パワーハラスメント防止法が施行されたことなども、心理的安全性の注目度が増した要因ではないかと思う。

マネジメントの誤解

 著者の指摘で面白かったのが、「マネジメントの誤解」。

 特定の目標を達成するために部下に明確な目標・指標・数値とデッドラインを与えて、目標達成できなかった場合のマイナスの影響(いわば「罰」)をはっきり示す、いわば恐怖・不安によりマネジメントするのが有効なマネジメントであると考える管理職がいまだに多いという指摘。

 過去には、このようなマネジメントのスタイルは有効な面もあった。恐れさせれば、熱心に仕事をし、効果が上がる。目標が単純で反復作業であれば有効な場面もあったであろう。

 しかし著者は、脳科学的にも、不安によって学習や協働を阻害するとともに、今のようなVUCAの時代には、大きな失敗を招くとする。

現在のナレッジワーカーに必要なのは、協力・統合・意思決定・絶え間ない学習であって、恐怖や不安によって思考停止を招くのは決して得策ではないと言う。

 また恐怖によってもたらされた「沈黙」は、「うまくいっている」という誤解を生むと言う。

 ついつい、時間がなかったりすると、強引に物事を進めてしまうこともある。それが良くない「沈黙」を生み、チームの力をいつの間にか削いでしまっているのだ。

リーダーの役割

 では、「心理的安全性」を確保するには、どうすれば良いか。ありきたりではあるが、著者はリーダーの役割が重要であるという。

意見を率直に述べることは、ヒエラルキーにおいては当たり前の行為ではなく、育てる必要がある

心理的に安全な職場をつくるには、リーダーシップが必要だ。リーダーシップとは当たり前にできない行為(率直に話す、賢くリスクを取る。さまざまな意見を受け容れる、極めてチャレンジングな問題を解決するなど)に人と組織が真摯に取り組めるように努力する力と言える。

「心理的安全性のつくり方」では、リーダーの重要性を指摘しつつも、役職・地位に関わらず、心理的安全性をつくりたいと意志をもったあなたがリーダーであると説くのと対照的といえば対照的である。

どうすれば確立できるか?

では実際、どうすれば心理的安全性を確立できるのか?本書では、「心理的安全性を確立するためのリーダーのツールキット」としていくつか挙げている。

(1)土台をつくる   
 ➀仕事をリフレーミングする   
 ➁目的を際立たせる 
   ⇒(成果)期待と意味の共有
(2)参加を求める  
 ③状況的謙虚さを示す  
 ➃探究的な質問をする  
 ⑤仕組みとプロセスを確立する   
   ⇒(成果)発言が歓迎されるという確信
(3)生産的に対応する
 ⑥感謝を表す 
 ⑦失敗を恥ずかしいものではないとする 
 ⑧明らかな違反に制裁措置をとる  
   ⇒(成果)絶え間ない学習への方向づけ

 どれも一朝一夕に出来上がるものではなく、しかも脆く壊れやすいものである。しかし、なかなかできないことだからこそ、確立することで競争優位を築けると著者は指摘する。

早稲田大学・村瀬准教授 解説の面白さ

 そして私がこの本で一番興味深く面白かったのが、巻末の早稲田祭学商学部准教授・村瀬俊明氏による解説である。解説で指摘していることをいくつか取り上げてみたい

(1)個人の問題か、チームの問題か

解説者は、最初に心理的安全性というコンセプトを知った時、その価値があまり理解できなかったという。それは、「信頼」と「心理的安全性」の違いが判らなかったからだという。

「信頼」=個人が特定の対象者に抱く認知的・感情的態度        「心理的安全性」=集団の大多数が共有すると生まれる職場に対する態度

個人間の信頼のままであると、会議の際、各自が自分の想いを胸の内に留め、後に信頼する相手にのみ考えを共有するので、チーム全体の活発な議論にはつながらない。

 チームワーク研究者によると、「チームは単なる個人の寄せ集めではないので、分解せずにチームとして現象をとらえるべき」と唱えているという。

 そう、心理的安全性とは、単なる個人間の安心感ではなく、集団にしか起きない特殊な心理現象なのである。

(2)イノベーションの創出過程

 また解説者は心理的安全性は、ミスや失敗を共有することで大きなリスクを防ぐという観点で語られることが多いが、イノベーションの創出過程こそ、心理的安全性の真骨頂であると言う。

イノベーション=「新結合」(シュンペーター)とは、「既存の知」と「既存の知」の新しい組み合わせで生まれる。

 そして、イノベーションが生まれやすい条件は、「多様性の活用」「失敗を恐れず挑戦すること」の2つが重要であり、心理的安全性はこの2つの要素の「触媒」であると言う。

そして、イノベーションの過程において失敗を多く経験することが重要であり、更になるべく早く経験すると学習につながりやすいと言う。

(3)リーダーのパラドックス

 そして、実践する上での注意点・示唆として「リーダーのパラドックス」を挙げる。

「リーダーのパラドックス」とは、置かれた立場により、以下の通り、リーダーとメンバー間の認識にズレが生じることである。

・リーダー=周りの要求に応えずとも自分の考えが実現しやすくなる
     ⇒規範から生じる周りの集団圧力にも抵抗しやすく周りの雰囲気    
      にも疎くなる
・メンバー=空気を読み、周りと歩調を合わせることで社内に居場所を築く                
     ⇒周りの言動や職場の動向に自然に目が向き注意して観察する

 従って、リーダーは、自分の感覚にズレが生じてしまうことを自覚して、意識して周りの声が届くような職場の構造を形成すること、言い換えると、チーム・組織の問題として捉えて対処することが重要であるという。

この「リーダーのパラドックス」は、管理職の私としても本当に注意しないといけない。自分が立場上できていること。そして担当者が、一見つまらないことで引っ掛かっていてもそれは置かれた立場から生じているかもしれないと頭の片隅に置いておくことが必要である。

(4)心理的安全性を実践する難しさ

 そして、解説者は、最後に、「間違えを伝える」「失敗をする」「助けを求める」という行動は、組織の学習力や創造力を高める力の源泉であるが、それを実践するのは難しい。その本質は、「個人の弱さ」にあるのではないかと説く。

最後の部分は、印象的なので引用したい。

 私たちは、弱く、周りの雰囲気に非常に敏感であるため、個人の心がけのみでは組織の空気に流されずに行動することは困難だ。エドモントン教授は、心理的安全性を通して、人間の弱さを見つめなおし、弱さに打ち勝つための本質的な努力を「組織改革」に向けるべきことを示してくれた。個人はなかなか変わらない。ただし、組織文化を変えることで、そこにいる個人は大きく変わる。それゆえ、心理的安全性は非常に重要なのだ。

 一人ひとりがイキイキと自分らしさを発揮することで組織のパフォーマンスも向上する。そのベースとしての「心理的安全性」。今後も重要性は増していくだろう。

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