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北海道・幌延町でマイナスなことをバネにして道を開く、1人の地域おこし協力隊員のものがたり

皆さんは得意だと思うことに挑戦しますか?苦手なことに挑戦しますか?

きっとどちらも挑戦はできますが、苦手なこと、無理そうなことに挑戦することはとても勇気のいることです。

北海道・幌延町の地域おこし協力隊員・貞廣拓哉さんは、難しいこと、周りから「無理だろう」と言われることに悔しさを感じ、その悔しさをバネに挑戦してきたそうです。

道北の小さなまちで地域のために活動をする貞廣さんの人生を通じて、皆さんに「マイナスなことをバネに変える」ことの素晴らしさをお届けいたします。


初心者のハンデの悔しさをバネにし、引退時に大泣きするぐらいまでに頑張った吹奏楽。


ーー学生時代までのことを振り返って何か思い出はありますか?

高校から吹奏楽を始めたことですね。
中学で本当はやりたかったんですけど、部活がなくて。
僕の入った吹奏楽部には小学校から始めた人、中学校から始めた人もいました。
経験者との差はなかなか埋まらないので、それを埋めようと朝も昼も練習していましたね。
いつも音楽室にいることをびっくりされてました。

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ーー初心者のハンデがあって辛いと感じることはありましたか?

もちろんありましたよ!僕のパートの先輩も同期も経験者だったのでうまくて、自分が吹けない悔しさはありました。
ただ、楽器を吹くこと自体がすごく楽しかったんです。練習は大変だったんですけど、吹いてる時が一番楽しいからそこまで苦ではなかったですね。


ーー何か印象に残っているエピソードはありますか?

初心者の後輩について一緒に練習をしたことですね。
教える立場に立ったら不安だったんですけど、自分はへたくそなりに演奏することの楽しさは伝えられると思いました。
吹けないからやめたいという悪循環だけはなってほしくなくて。せっかく自分のパートに入ってもらったからには楽しんでもらいたいという気持ちで向き合っていました。
上級生になって、後輩からも「貞廣先輩!」と声かけてもらって。引退の定期演奏会のときにの花束持ってきてくれたときは、ガチ泣きしてしまいました。
泣くほどやってこれたんだ。頑張ってきてよかったって思いました。

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初心者のハンデ、吹けない悔しさをバネに吹奏楽に向き合った貞廣さん。
今度は体力に自信がないにも関わらず、自衛隊に入る決意をするのでした。


体力測定で等級外になるも、最後まで自衛隊での訓練を全うした。

ーー最初の就職先のことを詳しく教えてください!

航空自衛隊に入り、パイロットが使う無線通信機器の点検をしていました。

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ーー自衛隊に入った当初のことを教えてください!

自衛隊にいそうな筋肉ムキムキで運動できるイメージとは正反対で、最初の体力測定では級外になるほど体力はありませんでした(笑)
最初の3か月の教育期間のときは班で行動するんですけど、1人がミスすると連帯責任になってしまうので。だから「自分が頑張らないと」と思ってやっていましたね。


ーー何か思い出に残っているエピソードはありますか?

2つあって。
1つ目は食事のときです。
食べるのが遅くて慣れてない自分には苦痛でしかなかったんです。班全員でそろって「いただきますごちそうさま」をするので大変でした。
「足引っ張んなよ」と同じ班の人には言われて内心は「なにくそ!」って思いました。
体力はなくても訓練を諦めない。「意地でも、這ってでもやってやる」という気持ちでした。


2つ目は暑い日にした訓練のことです。
外でやる訓練の時にほんとに暑い日があって。そんな日に訓練服着て、ヘルメットかぶって銃もって走る訓練があったんです。
銃も訓練服も重いし、暑いし、そんな状況下で走りきれるのか不安がありました。
普段倒れない同期ですらどんどん倒れていったんです。
でも、「自分はここまでやれるんだ、入った頃の自分とは違う」ことを証明したかったんです。
結果倒れることなくやり切れました。

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当時の教官には「班の中で一番成長した」って言われました。
バカにされた悔しさをバネにできたんです。


体力が全くなくても、その悔しさをバネに訓練をやりきった貞廣さん。次は地域おこし協力隊に挑戦をしました。



突出したものはないけど、「幌延を愛し、幌延が好きな気持ちだけは負けない」と挑んだ地域おこし協力隊への道。

「できなさそうな環境」にこれまで飛び込んできた貞廣さん。
幌延町の地域おこし協力隊を受けるときも「できなさそうな道だった」と貞廣さんは言います。


3泊4日のお試しキャンプがあってその中に面接が入ってるプログラムでした。
8人集まって、2人しか採用しないんです。20代は僕だけだし、他の人は違うまちの協力隊をやってた人、定年前の銀行マン、バイリンガルとかビシッとしたスーツ着た人とか集まってました。

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正直これは勝ち目ないな、と思いました。
突出したものはどれをとっても中途半端。でも北海道に住んでいて、受ける前から幌延に行ってつながりを地道に増やしていました。だから、「幌延を愛し、幌延が好きです」っていう気持ちは負けたくなかったですし、そこを面接で伝えました。


ーーとても強い想いですね。入ってからは辛いことはありましたか?

はい。社会人経験豊富な先輩には「こういうことやったって無駄だよ」と論破されることも多かったです。ただ、やる前から諦めるのは一番嫌いなんです。そういうのもあるから自衛隊に入ったんだと思います。


ーー幌延でやってみたいことはありますか?

新しいことをやるより、今あるものをさらに伸ばすこと、魅力を伝えることが自分のミッションだと思っています。
外から入ってきたよそ者視点で魅力を町内の人に伝えたいです。
そして改めてまちのことを知ってもらうことで、より自分の住んでいるまちに誇りを持ってほしいと思っています。

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これはゆめ地創館にて自分が撮影したサロベツ原野をテーマにした写真が展示されたところです。
当初の展示は4枚だけだったのですが、展示をしてくださった方が「もっと増やしたい」とのことで、展示枚数を増やしてもらいました。
自分がやってきたことを評価してもらえたのはすごい嬉しかったですね。


ーーどこまでも諦めないんですね。

はい。少しずつですけどコミュニケーションとっていったら、行政の人ともうまくやっていけるようになりました。
一時は「このまちなんか離れてやる!」と思っていたんですけど離れられないのは、どこかでこの街が好きだから諦めたくない気持ちがあるから続けられてるんだと思いますね。


貞廣さんの3つのエピソードを聞いてマイナスなことをバネにする力がすごいなと思いました。


突出したスキルがなくても、諦めない想いが人のできることを増やし、地域に貢献できるようになるのかもしれません。

あなたは「苦手だからやめておこう」と何かを諦めていませんか?
諦めずに、できない悔しさをバネにしてみてはいかがでしょうか。

北海道に移住した社会人2年目・まーきち


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