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【感想】劇場映画『笑いのカイブツ』

原作は“伝説のハガキ職人”として知られるツチヤタカユキの自伝的小説。

NHKの『ケータイ大喜利』のため1日2000個のボケ出しをノルマとして自らに課していた等の壮絶な半生が記されている。

ハガキ職人ならぬメール職人といえば昨年5月にこれまたNHKのドキュメンタリー番組で『霜降り明星のオールナイトニッポン』の職人さんが密着取材されていた。

radikoなどのスマホアプリの登場で、いつでも・どこでもラジオを聴きやすくなった昨今。ラジオに投稿する人たちは、いったいどんな人なのか。今回の『ドキュメント 20min.』では、その知られざる生態をのぞき見する。

深夜ラジオ界では知られたラジオネーム「おもちもちもちももち」さん。週500通の投稿を自らに課してネタを考える、昭和の“ハガキ職人”ならぬ、令和の“メール職人”だ。

https://www.tvlife.jp/variety/572663

1日2000個のボケ出しも週500通の投稿も凄すぎる…

ただし、原作は「とてもお笑いにアツい人がいました」という青春譚では終わらず、かなりドロドロした暗い内容。
人生何も上手く行かない自殺願望すら匂わせるような一人称の重たい文章で、下手な精神状態で読むとこっちが食らう。

映画の方はそれに比べると多少マイルドな仕上がり。
まずは岡山天音が演じる主人公を客観的に撮っているのが大きい。
もちろん演技としては素晴らしい狂気を見せているが、やはり主観が抜けるとだいぶ違う。
(でもリアルに苦悩する姿を具現化した映像として見せられるからむしろ映画の方がキツいという人もいるかも)

よしもと漫才劇場や『オードリーのオールナイトニッポン』の現場も原作よりは柔らかく描かれている。
まぁこれは一方の視点のみから描かれた原作をそのまま映像化するのは吉本興業やニッポン放送に対してフェアではないというのもあるだろう。
忖度っちゃ忖度だけど、原作は特定可能な実在の個人をかなり悪く書いているので慎重にやるべきではある。
とはいえリスナーならモデルとなった人物が何となく分かるラジオのスタッフは映画版でも結構酷い人たちとして映ってるなぁと思った。

ただ一点、同僚の作家見習いからネタ盗作疑惑をかけられて劇場を追われるという脚色は中途半端に感じる。
少なくとも映画内で描かれている主人公の性格的に他人のネタをパクるとは考えづらく、ではあの作家見習いが主人公の才能に嫉妬していたのか?というと正直微妙な気がする。
「気持ち悪い奴」と嫌ってはいただろうけど脅威に感じていたのかどうか。
単に追い出すだけなら盗作をでっち上げる小細工なんてしなくてもいいだろうし。
あの作家見習いの本心がいまいち分からなかった。

俳優陣で脇を固めるのはドラマ『コントが始まる』では売れないトリオ芸人を演じていた菅田将暉と仲野太賀。

特に仲野太賀はオードリー若林がモデルとなった人物(原作では「あの人」、映画ではベーコンズという架空のお笑いコンビ)を演じている。
若林がいるなら春日もおり、演じているのは板橋駿谷。
こちらも上手い!
最初声だけ聴こえてきたときマジで本物の音源を使ってるのかと錯覚したほど。
昨年放送されたドラマ『だが、情熱はある』とはまた異なる似せ方のアプローチ。

終盤にはツチヤタカユキが本作のために新たに書き下ろした漫才をワンカット長回しで披露するシーンも。
あそこめちゃくちゃ良かったなぁ。

さらに原作で唯一の救いというか聖母性を纏ったキャラクターとして登場するアナタ役は松本穂香。
原作では屈指の美しさを誇る第3章『原子爆弾の恋』
ここがコケたら実写化は失敗だ。
その期待に見事に応える演技。
(あまりにも聖母すぎて人によっては「男の理想を投影しすぎ」と感じるかもだが)
『コントが始まる』に出ていた有村架純の妹分として女優業を本格化したという文脈をついつい踏まえたくなってしまう。

本作の監督は滝本憲吾。
様々な映画監督の作品に助監督として参加してきた経歴の持ち主だそうだけど、やはり俳優の演出が持ち味なのかなと思った。
あ、でも団地?マンション?の撮り方はとても印象的。
お笑いを突き詰めて他の連中と自分は違うと証明したい主人公を飲み込む同じ見た目の部屋が連続する無機質な建築物。

ところで、本作の公開時期が令和ロマンがM-1優勝した直後という偶然にこそ本作の内包する残酷さをより際立たせるものがあるように思う。
ちなみに令和ロマンは本作の漫才指導を務めている。

もちろん令和ロマンが努力をしていないなどと言うつもりは全く無いが、M-1という競技をロジカルに分析して優勝記者会見でも飄々と振る舞っていたあの姿は同じお笑いの世界に生きていても本作の主人公とは対照的である。

これが錦鯉が優勝した直後なら「続けていれば報われる未来があったのかもしれない」と思える。
ウエストランドが優勝した後なら「お笑いは今まで何もいいことがなかったヤツの復讐劇なんだよ!」の台詞がハマる。
ただ、令和ロマンの優勝を見せられた後に本作を観るのはあまりにも残酷だ。

大学お笑いサークル出身という令和ロマンの出自も牙を剥く。
映画の脚本からはカットされているが、原作には大学進学者を呪うような箇所がある。

どんな風に大学生活を過ごしているのかは、一目瞭然。親に大金を払わせて、遊んで生きている。そして、4年後には学歴を手に入れる。どんなフラついた生き方をしても、市民権がある。それでも、社会的には存在を認められている。

笑いのカイブツ,ツチヤタカユキ,文藝春秋,P.101

お笑いの分野でも遂に勝てない。

しかし、そんな(?)令和ロマンの髙比良くるまが冠番組『令和ロマンの娯楽がたり』の中で芸人界のゲームチェンジャーとしてオードリー若林の名前を挙げるのだから面白い。

くるま「体育会系イジりみたいなのがメジャーになったきっかけが、若林さんがアメトーークのノリの、イケてないグループとかの話をしてからどんどん一軍がイジられるようになった気がすんすよ」
Aマッソ加納「でもそれで言うと若林さん自身が『天下て…』の人だから」
くるま「だから『天下て…』って言いながら地上にとんでもない数の仲間を集めた人」

https://tver.jp/episodes/epjb31um3n

その若林が作家に抜擢しようとしていたツチヤタカユキ。
令和ロマンがM-1優勝した直後の公開という偶然と、そもそも令和ロマンがM-1優勝関係なしに漫才指導として本作に関わっていたという事実が本作の残酷さと悪魔的な魅力を何倍にも増幅させていると思います。

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