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【感想】Netflix映画『バルド、偽りの記録と一握りの真実』

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』と『レヴェナント:蘇えりし者』で2年連続アカデミー賞監督賞を受賞したアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。

『バードマン』では作品賞も獲得。

2年連続で作品を世に放ったイニャリトゥはここから沈黙期間に入り、7年ぶり(日本では『レヴェナント』が2016年公開なので6年ぶり)の新作が『バルド、偽りの記録と一握りの真実』
イニャリトゥ初のNetflixオリジナル作品。

東京国際映画祭でのジャパンプレミアの後に小規模ながら劇場先行公開。
黒澤明賞の受賞に合わせて来日もしてくれていた。

いや、知ってたんです。
東京国際映画祭でのプレミア上映も先行劇場公開も。
ただ、当時公開された映画を優先して「まぁ12月になったらNetflixで配信されて家で観れるし」と後回しにしていました。
今となっては後悔しかない。
映画館のスクリーンで観ていたら年間ベストだったかもしれない。
もちろん自宅のテレビ画面で観ても素晴らしいと感じたからこうしてnoteを書いているわけですが、それでもやっぱり映画館で観ておくべきだったなぁ…
後悔先に立たず。

本作のあらすじは一応こんな感じ。

ロサンゼルスを拠点に活躍する著名なジャーナリストでドキュメンタリー映画製作者のシルベリオ・ガマは、権威ある国際的な賞の受賞が決まり、母国メキシコへ帰ることになる。しかし、何でもないはずの帰郷の旅の過程で、シベリオは、自らの内面や家族との関係、自らが犯した愚かな過去の問題とも向き合うことになり、そのなかで彼は自らの生きる意味をあらためて見いだしていく。
https://eiga.com/movie/97616/

ただ、正直これはあまり理解しなくても問題ない。
本作は劇中世界と劇中ドキュメンタリー映画とが虚実入り混じる構成になっており、しかもその境界線を意図的に消失させている。
観客はどこからが劇中ドキュメンタリー映画の世界なのかを把握しづらく、いわゆる伏線回収みたいな論理的整合性の取れたストーリーの把握は終盤まで困難になっている。
(逆に鑑賞後は「あぁ、そういうことだったのか」と腑に落ちるだろう)
ただし、これはテレビシリーズ(テレビドラマ)がストーリーを語る媒体としての地位を飛躍的に向上させた2010年代以降の映画の在り方としては別に特殊なことではない。
本作は2時間39分と映画としては比較的長い部類に入るが、それでもドラマに比べたら「たかが2時間39分」である。

もちろん既に多くの人が指摘しているように『8 1/2』との類似性や監督自身の自叙伝的な意味合いを持つメキシコ移民というテーマは存在する。

「君の確実性を笑ってる」から始まる一連の台詞やビーチに使用人だけ入れない場面、入国審査のやり取りなどで描かれているように骨太なテーマはある。
あるのだが、2時間39分のストーリーがずっとそれに向かって積み重なっているわけではない。
映画において、ストーリーとそこで真に語られているテーマは往々にして一見しただけでは一致しないものだ。
(繰り返すが本作はストーリーが後退しているだけでテーマは存在する=中身の無い映画ではないので誤解なきよう)

では本作の魅力は何か?
それは映像美(もしくは撮影)
名手ダリウス・コンジが撮影監督を務めて65mmフィルムで撮った映像が全編圧巻。
映画はこうでなくては。

冒頭、広大な平原を影がジャンプしていく不思議なショットから逆光の夕陽が照らす病院の長い廊下にジャンプするオープニングシークエンスで一気に掴まれる。
そこから

  • 長い廊下や道

  • スタジオやパーティー会場などの屋内

  • 平原や街といった屋外

様々な空間をカメラが縦横無尽に動き回りながらワンカット(疑似ワンカットもあるかも)の長回しで撮っていく。
固定カメラではなくカメラ自身も動くので観ていて全く飽きない。
ドアを抜けて廊下を歩き部屋から部屋へと移動していく空間演出に惚れ惚れ。
街を歩くシーンの横スクロールも映画的だったし、広大な自然を映したショットも美しい。
プールで話す父娘を後ろから映したカットも素晴らしかった。
挙げればキリがない。

ハイライトは中盤の見せ場であるダンスシーン。
エキストラを総動員して大人数が踊るフロアをカメラが動き回り、途中から主人公にだけデヴィッド・ボウイの『レッツ・ダンス』が聴こえてくる摩訶不思議な編集。

そう、本作はどうしても撮影(特にワンカット長回し)に目が行きがちだが、実は編集も素晴らしい。
特に会話シーンでテンポよく挟まれる切り返し。
さっきまで右向きで映っていた対象が左向きになる。
逆側から撮った映像なのでそれ自体は当たり前の現象だが、これによって退屈に陥りかけた長めの会話シーンにダイナミズムが生まれる。
個人的お気に入りは

  • 序盤の夫婦の会話シーン(妻に一度カメラが寄った後に戻ると夫の位置が画面右から左に移動)

  • 朝食を食べながらの親子の会話シーンでカメラがじわじわ寄った後の切り返し

  • 旧友と屋上で口論するシーンでカットを細かく割りながら写真を撮りに来た客が現れた際のここぞという切り返し

視点を一瞬で変えてハッとさせてくれるのは映像作品ならではの快楽。

単なるあらすじとしてのストーリーを超越し、撮影と編集の産物である映像作品の魅力が詰まっており、そこから監督自身のルーツにも繋がる骨太なテーマが浮かび上がる。

映画はこうでなくては。

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