「ポーランド訪問記①」

こんにちは。

先日、ポーランドへ児童福祉関係の視察に行ってきましたので、それについて書きたいと思います。
学びが多かったので分割して書いていきます。

まず、ポーランドはドイツの東側にある東欧圏の国でEU加盟国でもあります。EU加盟国の中でも唯一経済成長し続けている国で、実際ワルシャワ市内では高層ビルの建設現場を多く見かけ、活気があるようでした。

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ポーランドは18世紀末にロシア、プロイセン。オーストリアの三国に分割され、123年間世界地図から姿を消しました。その後、独立するも第二次世界大戦でドイツとソ連に分割占領されてしまい、独立まで苦難の道のりを歩んでいます。
第二次大戦中に18歳未満の犠牲者が180万人を超え、ポーランド全体の犠牲者の35%にも上りました。そうした過去の子どもへの不遇の反省と、第二次大戦前の一人の教育実践家の活動によってポーランドの子どもの権利擁護の思想の土壌ができあがっています。
(1978年にポーランドは子どもの権利条約の設立を提案し、現在の子どもの権利条約の成立に至っています。)

一人の教育実践家とは、ヤヌス・コルチャック氏です。コルチャック氏(1878年-1942年)は小児科医、児童文学作家、教育者としてポーランドで活躍しました。

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ユダヤ人の子どものための「ドム・シェロット(孤児 たちの家)」と、ポーランド人の子どものための「ナシュ・ド ム(僕たちの家)」を設立して多くの子どもの教育と擁護に携わります。そして、多くの著書で体罰の禁止や子どもの自治による教室運営、子どもは一人の人格として尊重される権利があることを説いています。

ポーランド視察は上記のコルチャク氏の思想が現場でどう実践され、普及に努めているのか、児童福祉の現場はどのような状況なのかを知ることを目的として、下記の6か所に視察に行きました。

1.ドム・シェロット(孤児 たちの家)・コルチャク研究所
2.ナシュ・ド ム(僕たちの家)
3.ワルシャワ地区社会福祉センター
4.子どもの権利庁
5.子どもの友協会(NGO)
6.ワルシャワ危機介入センター


それぞれの紹介と考察について簡単に書いていきます。

1.ドム・シェロット(孤児 たちの家)・コルチャク研究所

1911年に開設されたこの孤児院は第二次大戦の中、コルチャック氏と200人の子どもが過ごし、戦争が激化する中でも、子どもたち同士が話し合いで日常問題を解決する子ども裁判など施設の自治を子どもに任せるというコルチャック氏の教育を実践し続けました。
建物自体は、奇跡的に破壊されず現在も残っており、2階がコルチャック氏の業績を伝えるためのコルチャック研究所になっています。

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コルチャック研究所の現在の活動は主に、コルチャック氏の思想の歴史的な検証、橋渡しの役割(例えばポーランド人とユダヤ人、障害児と健常児など)、子どもの権利などコルチャック氏の思想の国際展開を行っているとのことでした。
コルチャック氏の思想について、コルチャック氏が生前に子どもたちに対して教師が常に上から目線で教えるべきではないと言っていたように、研究所も思想を広める中で上から目線にならないようにしているという大切にしている価値観について何度も言及されました。

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また、実際にコルチャック氏が実践していたこととして下記の内容についてお話いただきました。

・教師はリサーチャーのような存在で。子どもを型にはめることはせず、子どもが何がしたいのか捉えて自主性を伸ばす。
・病気になった人へなぜ病気になったのかと叱らない(医師としての経験を踏まえて)のと、同じように教育でも子どもをむやみに叱るべきではない。(コルチャック氏は教室で叱ったことない)
・自分の経験だけで評価してはいけない。相手の気持ちに立つこと。
・善意で行動してうまくいかないときでも落ち込むな。反省して行動すればいいだけで、同じ失敗してくじけないように。(若い教育者へ与える言葉として)


2.ナシュ・ドム(僕たちの家)


こちらもドム・シェロットのような孤児院で、現在は28名(10年前は100名ほどいたそうです)の子どもが生活しています。

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ポーランドも日本と同様に、社会的養護下にある子どもを施設ではなくできるだけ家庭に近い環境で養育できるように施設の定員数削減、里親委託の推進を行っています。ポーランドは、社会的養護下にある子ども全体7万5800人のうち、施設で暮らす子供が1万6700人、里親委託されている子どもが5万5000人いて、全体の6割ほどが里親委託という状況です(日本は里親委託率は全国平均で18.3%ほど(平成28年末))。

この施設の職員さんたちもコルチャック氏の考えなど踏まえて子どもと接している旨を言及され、コルチャック氏の考え方が浸透しているのがよくわかりました。

社会的養護についての課題や取組についてお話いただきましたが、日本と同じような悩みを抱え、試行錯誤してることがわかりました。

・施設卒園後支援について
施設を卒業した後の進路をどうするかという課題はポーランドでも同じでした。ナシュ・ドムでは、金融機関と提携して「私の将来どうなの?」というテーマで、ライフプランニングに関する講義を受けてもらったり、奨学金獲得の支援を行っていました。子どもの自主性に重きを置き、希望に沿った就職先のインターンや就業体験の機会づくりを行い、今は美術館でインターンをしている子、デリバリーのバイトをしている子がいるそうです。
卒園後のサポートは「子どもが年金生活者になるまでサポートしていくという気持ちでしている」とおしゃっていたのが印象的でした。

・社会からの施設への偏見・支援について
ポーランド社会では施設出身の子は劣っていると偏見を持たれがちで、そうした劣等感を持たない様にナシュ・ドムでは教育プログラムを組んだり、様々な取り組みを行っているとのことでした。例えば、おとぎ話を描く文学コンクールに子どもたちに出展してもらい、入賞した子たちの話を本として出版し、それを全国の児童養護施設で回覧してもらい、子どもたちの物事へのやる気を引き出しているそうです。
一方、社会から施設への支援も多くあり、例えばポーランドではガソリンスタンドでポイントを貯めると電化製品と交換できるポイントカードがあるそうなのですが、そのポイントを寄付してもらったり、「あなたの心を衣類に変えてください(直訳)」というキャンペーンでチケット(おそらく寄付証明書のようなもの)を発行してそのチケットの代金を施設の子どもの衣類費用に充てたりしているそうです。寄付を貰う上でできるだけ、子どもにお仕着せのような形で与えるのではなく、自分の好きなものを買ってもらうために始めた取り組みとのことでした。

また、積極的に地域へ施設を開いて、施設の建物の修繕やイベントに関わってもらうボランティアの人も多くいるそうです。


・職員の育成・定着について
職員の育成について手引書のようなものはなく、体験談の共有やケーススタディを行い、常に現場の実践に沿った職員の育成を行っているとのことでした。しかし、職員側の能力向上がなければ子どもに対応し続けることはできないとの問題意識は強く、大学の研究所などと連携して、エビデンスに基づいた対応を心掛られていました。
また、施設に働く者として子どもにとって「施設」と「里親」のどちらがいいのか常に自問自答しているそうです。施設では、家庭にはできない専門家によるサポートが受けられるので、子どもにより良い環境を提供できるようにしたいとおっしゃっていました。


上記の二つの訪問先の考察

・理念浸透の難しさ
私が活動に関わっている認定NPO法人PIECESにおいても、「子どもを守る優しい大人」を増やすという理念を広めることに取り組んでいます。
コルチャク研究所のヒアリングで、「コルチャク氏の理念を受け継いだ実践はどれくらい広まっていると思うか?」との質問に対して「ポーランド国内でもまだまだ広まっていないと思う」と率直に答えていただきました。
抽象的な理念や考えは、何となくいいね!と言ってもらえますが、その実践を広めるのは難しいかと思います。おそらく、「マニュアル」や「指針」というものをつくればすぐに広まるかと思いますが、画一的になってしまったり、理念を知らないまま実践だけ淡々としているという事象が起こりえます。
コルチャック氏が子どもに接するときの姿勢と同じように、上から何かを押し付けるのではなく多くの人が自主的に「子どもを守る優しい大人」になるような丁寧な説明や、自ら実践して示すということを地道に頑張ろうと思いました。

・現場の裁量の大きさと負担のバランス
コルチャック氏の著作で子どもを養育する方策について、子どもの権利擁護など大枠の考え方や政策的なものに言及している箇所はあるものの、大半が教師の心構えや態度、子どもの自治にゆだねる方法論など現場での実践について述べられています。

ナシュ・ドムのヒアリングでも、職員さんが能動的に動いて子どものケアの方法を試行錯誤したり、企業や研究所など外部との接点を作って子どもによりよい環境を提供しようと日々努力しておられるのがよくわかりました。

ケアや福祉は現場が回らなければ机上の空論になってしまいます。そうならないために常に現場がベストで動けるような制度や、燃え尽きないようなサポート体制が必要だと感じました。

続きの視察については、次回以降に記載します。

(本文中の内容は私個人の見解であり、所属する組織の見解とは一切関係ございません)


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