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インド料理は辛い料理なわけではない vol.3 〜スパイスの現実〜

子供の頃から大人になるまで、僕にとって日本料理といえば寿司や刺身、天ぷらやラーメンのイメージが非常に強くて、それを食べられない日本人はいないと勝手に思っていた。日本人ならほぼ毎日食べているのだろうと勘違いしていて、初来日の時に現実を見て驚くことが多かった。「寿司が好きではない」「天ぷらはほとんど食べない」「刺身が苦手」な人もいると知って、目が覚めた。

日本に住んでいる僕が、日頃からよく聞かれる内容がある。「パスタとピッツァは毎日食べる?」「イタリア人は全員パスタとピッツァが好きでしょう?」などの質問だ。

イタリア料理のほんの一部を知っていると、こうなりがちだ。要するに、イタリアはパスタとピッツァがメイン、というより「それしかない」というような感覚になってしまう人が多いのだと思う。

似たようなことが、日本でよく食べているインド料理でも起こっていた。つまり、インドは辛い料理のイメージが大きくて、カレーとナンしかないだろうと勘違いしていた僕がいたのだ。一番先に謝らないといけないことがある。インド人は全員、毎日スパイスをたくさん使って毎日辛い料理を食べていると思い込んでいたのだ。どこのインド料理店でもスパイシーな辛い料理が多くて、知らないうちにそれが普通という考え方になってしまっていた。

スパイシーな料理=辛いという感覚が強いけど、スパイシーと言っても辛くないこともある。インドの人でもさすがに毎日辛い料理を食べるのは難しくて、食べ続けたら当たり前に体調が悪くなる。中辛から辛口の間の辛さ、ピリ辛のような料理が多いのだという。

カレーのベースになる玉ねぎを炒めて、そこにスパイス(コリアンダーやクミンなど)を入れる場面。

イタリアの話に戻ると、もし毎日ピッツァを食べる生活を送っていたら、確実に体調が悪くなるのが目に見えている。ピッツァ一枚は軽く1000kcalを超えているし、炭水化物と脂質が多くて毎日食べると消化し辛く、お腹が重くなる。日本でも、毎日天ぷらを食べることを想像すればお分かりいただけるだろう。

スパイスのうちでもホールスパイスと呼ばれている。
それを油に入れて香りを出す=油に香りを移す際の風景

そもそも、インド料理に使われるスパイスとはどのような存在なのか。おそらく多くの人は考えたこともないはずだけど、なぜインドにはスパイスがあるのか。インド人にとって、スパイスと暮らしはどんな関係にあるのか。調べれば調べるほど、深い意味が見えてくる。

チキンティッカ

夏に暑い日が続くと、人は食欲がなくなったり夏バテになったりすることが多い。それ自体は日本でもイタリアでも同じだが、春から夏にかけて気温が高い日が長く続く(そういう地域が多い)インドでは、そこでまさにスパイスが大活躍する。例えば胃腸の働きを助けたり、発汗や消化を促進したりと、身体の機能を整えて健康を保つために欠かせない大切な存在で、インドのスパイス料理は食事でありながら薬でもあると言われる所以だ。 

また、インド人は食事だけではなく飲み物からもスパイスを取り入れる。日常生活の中で摂るスパイスが元気の元なのだ。インドの飲み物といえばまず思い浮かぶのがチャイだろう。インド人の飲むチャイは、実はシンプルで優しい味が多く、それを小さなカップやグラスで飲む。一度に飲む量が少ないので一日に何度も飲めて、味の好みだけでなく身体の調子に合わせて調合されるスパイスも、その効能が自然と身体に効き渡る。

それぞれの国の動力源は、おそくこれだろう。
イタリア人にとって、パワーの源はパスタと小麦粉から作れたもの。日本人のパワーの源は白米と発酵食品。そしてやはり、インド人にとって、スパイスがパワーの源だ。

マッシより

この記事を読み終える前に覚えてもらいたいことがある。国の食文化を学ぶことは面白くて、知識を持てば持つほど現地人の気持ちまで理解できるようになるということだ。料理もより美味しく味わえる。そういう意味では、その国の国柄は言語や社会に見えるものというよりも、歴史の中で大切にされてきた食材や料理にこそより感じられるのかもしれない。

普段は深く考えることがないと思うけど、僕たちがいま食べている料理は、その地域の天候に耐えられるような工夫の末に生まれ、数100年の発想と苦労の繰り返しの末に発展してきたものなのだ

金沢に住むイタリア人の僕は、インドで生まれたこの料理が多くのインド人を救ったことを考えると、味はより深く感じる。

インドにはナン以外にもいろいろな種類のパンがあることについては次回以降に書くとして、皆が今度インド料理を食べる時に、この記事を思い出してくれたら嬉しい。もし金沢に行かれる機会があればせせらぎ通りにある「アシルワード」の味を楽しんでもらいたい。インド出身のシェフたちが現地人の感覚で作るカレーやチャイ。きっと、金沢のこともインドのことももっと大好きになるはずだから。

Massi

みなさんからいただいたサポートを、次の出版に向けてより役に立つエッセイを書くために活かしたいと思います。読んでいただくだけで大きな力になるので、いつも感謝しています。