その不幸を笑うのは貴女(8)
私はだいぶ前のことを思い出した。
記憶は定かではない。まだ幼少期の頃だ。
その時人見知りだった私にはたった1人の友ちゃんという親友がいた。なぜ仲良くなったのかは分からないが友ちゃんのおっとりしていながらも芯はしっかりしている部分が魅力的だったのだろう。
当時、アクアビーズアートといって自分でビーズを繋がてカラフルな模様や形を自分で創作するオモチャが爆発的に流行っていた。私も勿論やっていたのだが創造性が無く、アートセンスゼロの私にとっては何を作ればいいのかさっぱり分からなかった。それでも幼稚園でほとんど全員が休みの時間に作っていたから私もやらざる得なかった。
ある時、私と友ちゃんとは違うクラスの真希ちゃんがカラフルなチューリップのような花の形をしたビーズアートを見せびらかしてきた。恐らくお母さんに手伝ってもらったんだろうが、その彩りや形のリアルさは幼稚園生では到底作れないクオリティだった。
私は単純に羨ましかった。パッとそのビーズアートを見た瞬間私の中でこのビーズアートが欲しいという欲求が働いた。
私は真希ちゃんが見ていない隙をみてそのビーズアートをポケットにしまった。なぜそこまでしてそのチューリップのビーズアートが欲しかったのかは分からない。しかし事実として私は真希ちゃんから盗んだのだ。
もちろん真希ちゃんはチューリップが無くなったことを知ると大泣きした。幼稚園内は軽くパニック状態になった。先生達が必死に園内を探したが見つかるはずがない。なぜなら私のポケットにあるからだ。私は周りがパニック状態になった段階でようやく事の大きさに気がついた。同時に私は自分が盗んだと名乗り出ることができなくなってしまったのである。名乗り出たらどんな仕打ちが待ち受けているか分からなかったからである。
そして私は何食わぬ顔でやり過ごした。完全に隠蔽する流れにもっていこうと決めていたのである。しかし友ちゃんは全てを知っていた。
次の日幼稚園に行くと友ちゃんと真希ちゃん、そして先生の3人で話し合っていた。かなり重たい空気だったのが見た瞬間に伝わった。友ちゃんは虚ろな目をしてずっと俯き、真希ちゃんはその俯いている友ちゃんを物凄い形相で睨みつけていた。よく見ると真希ちゃんの手には私が盗んだはずのチューリップがしっかりと握られていた。
なんで?!
確かに私のカバンには昨日盗んだチューリップがまだあった。それはしっかりと家を出る前に見ていた。
私は先生の言葉で全ての状況を理解した。
「友ちゃん。ちゃんと真希ちゃんの顔を見てチューリップ取っちゃったことを謝りなさい」
それを聞いた時に私の鼓動が早くなった。どうして何も言わずに私のことを庇ったのだろう。
子供ながらにして圧倒的な罪悪感に襲われながらもそこまで私を庇う理由が分からなかった。私だったら絶対同じことはできないだろう。
その後、友ちゃんはその一件が不完全燃焼なまま、父親の転勤の影響で幼稚園を辞めることになった。
友ちゃんは私が取ったということを知っていながら最後までその件について触れることはなかった。それに甘えた私も自分から自白することもなかった。しかし、友ちゃんがいなくなってからその後悔が消えることはなかった。
そして気付けば私はどことなくお人好しな性格に段々変わっていった。
我慢強くもないのに無理に庇ったり、無理に笑ったり、無理に我慢したりした。もしかしたら無意識に友ちゃんのようになりたかったのかもしれない。
しかし、実際は慣れなかった。友ちゃんのように私は最後まで恵里奈を庇うことはできなかったのだ。
結局周りの目を気にして自分の身を守ろうとしてしまっている自分がいた。
なんて中途半端な人間なんだろう。
「麻里!麻里!」
現実に引き戻された。
声の主は美香だった。
そうだ。まだ体育祭は終わってなかった。
「さっきはごめん。疑ったりして。でも私は美香がやったんじゃないって思ってた」
「あぁ、いや、紛らわしいことしてごめん…」
「てか、なんで庇ったの〜?」
「んーなんで?…」
咲の一言に何も返せなかった。
騒がしいはずの校庭がその瞬間は静かに聞こえた。
まるで午前のことは無かったかのように皆、振舞っているが、あの記憶を忘れている者は誰1人としていないだろう。
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