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もうひとつの未来:『人口5000万人に減っても2倍豊かな「日本4.0」を作る』を読んで

ハルモニアの投資家でもあるCoral Capital 西村 賢さんの書いたエッセイがかなり話題でしたね。自分も読みました。とても面白く、共感するところと、一方で考えが異なると感じたところもあったので、ここにリスペクトの気持ちを込めて対案をお返しします。


はじめに 共感するところ

誤解のないように先に示しておくと、西村さんの書かれていたアイディアの多くには僕も賛同している。

たとえば、

  • 生産性を上げる

  • 失敗許容度を上げる

  • スタートアップが新しいモデル作りの実験役になる

  • プライベートセクターでのスピード感を社会に活かす

  • スタートアップ村の中での人材流動性を高める

  • 経済(特に1人当たりGDP)は成長したほうがいい

あたりは僕もそうだと思う。

このあと、3つの考えを示すけれど、僕は何も生産性向上や経済成長まで否定したいわけじゃない。これらを高めていけるならもちろんその方がいい。
けれど、未来はひとつではなく、常に複数の可能性がある。西村さん案とは違う、オルタナティブ案を提示することで、より議論が深まると良い。

そんな思いでまとめた、3つの”異論”は次の通りだ。


1. “豊かさ”の定義は1人当たりGDPだけでは不十分だ

記事では日本がこれから高めていくべき豊かさの指標として「1人当たりGDP」を使っていたけれど、僕はその豊かさの定義自体がすでに変わってきていると思う。

Data: IMFとWorld Happiness Report

このグラフは豊かさのテーマで語られるときに本当によく使われるもので、今さら僕が何か示すまでもないかもだけれど、改めて見てみてほしい。たしかに1人当たりGDPは幸福度(≒世界幸福度指数)に寄与するけれど、ある一定を超えるとほぼ横ばいだ。

日本より幸福度が高い国

ちなみに、その調査で日本よりも幸福度が高い国に絞ったのが上の図だ。日本より1人当たりGDPが高い国もあれば、低い国もある。最も幸福度の高いフィンランドは、日本と対して差がなかったりする。

僕らはこれから、どの国をロールモデルにして(あるいは独自の道を描いて)、何を最重要指標にして進んでいくべきだろうか?

僕たちはどこから学び、どこを目指すのか

”豊かさ”の意味をより広く、例えば幸福度指数などで定義したとして、それが1人当たりGDPだけでは決まらないということは、他にも重要な”豊かさ”の軸があるということだ。

実際に、世界幸福度調査では、1人当たりGDPの他に、社会的支援、健康寿命、人生選択の自由、寛大さ(寄付や慈善活動)、汚職・腐敗度を指標にしている。幸福度指数の最も高い10ヶ国の平均スコアと日本のそれぞれを比較して、どれくらいのギャップがあるかを表したのが次のグラフだ。

日本の健康寿命は世界一ィイイイ!

見ての通り、指標によって伸びしろが大きく異なる。健康寿命に関しては幸福上位国を上回り、世界1位の状態だ。

1人当たりGDPはたしかにまだギャップがあるが、実は非常に伸びしろが小さい。ここを上げても、トータルの幸福度へのインパクトは相対的に小さいということだ。逆に、伸びしろの大きいのが、社会的支援、寛大さ、汚職・腐敗といったテーマであって、こちらを引き上げていくことに目線を向けると、僕らはもっと(新しい意味で)豊かになりやすい。

もちろん、豊かさや幸福度の計り方は、この6つがすべてなわけではない。
テクノロジーや経済の変化も踏まえて、今後より重要になっていくものとして「自己有用感」や「自分の人生や仕事に意味を感じられるか」といった自己実現に関連するもの。そして「社会的つながり」「自己の存在を深い部分で承認し合える友人や家族」といった社会関係資本につながるものを加えていくべきだと僕は思う。

ちなみに、日本で内閣府が行っている満足度・生活の質に関する調査(Well-being調査)では、家計や賃金などの経済面に加えて、ワークライフバランスや、社会とのつながり、子育てなどの観点がリサーチの対象になっている。

https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/manzoku/index.html

2. 経済の目標は「成長」から定常、再生へと変わっていく

上で見たように、すでに人々が求めるものは「経済成長」から、それ以外も含めた包括的なものに変わっている。加えて、気候変動や生物多様性の問題などが明らかになり(いわゆるプラネタリーバウンダリー)、持続可能な状態に社会を維持することが国際的に最重要視されつつある。

人権や貧困、食糧問題などを解決しつつ、地球の限界を超過しない範囲に経済をキープする。そんなゴールイメージを最も上手く表しているのが「ドーナツ経済」だと思う。

それを実現するには、炭素排出や環境負荷を抑える(ネットゼロ)にする段階を経て、さらにこれまでの経済成長のために食いつぶしてきた自然資本にお返しをしていく(ネットポジティブ)必要がある。(・・・と近年は言われていて、僕もその考えにだいぶ共感している。)

経済の目標はいずれ変わっていく

このテーマは本当にバチバチとした議論を巻き起こしがちで、簡単にすり合っていくものでも無いけれど、僕は時間の問題だけで、いずれ移り変わっていくのはほぼ間違いないだろうと考えている。

僕はこんな風に考えてみることにしている。ある小さな惑星に漂着したり、ひとつの宇宙コロニーで人々が過ごしているようなシミュレーションゲームを想像する。閉鎖系の世界のなかで、なるべく長〜く生活可能にすることをゲームの目的とするなら、その攻略法として経済成長は最適だろうか。その惑星やコロニーのもつ再生・正常化能力を越えない範囲の社会規模やライフスタイルに、いつか均衡させていく必要があるのは明らかだ。

この星で長く過ごすには?

SDGsの目標を3層のウェディングケーキに見立てた下の図を見たことがある人は多いんじゃないだろうか。GDPはその年の経済のフローを測る指標であって、それだけではストックがどうなっているかを見ることはできない。経済を支える社会資本や自然資本などのストックが悪化していないか、改善できているかを重視したゴール設定に世界は変わってきている。

SDGsのウェディングケーキモデル

「定常」という言葉には、普通にビジネスをしてきた僕たち(特に資本主義のど真ん中のようなスタートアップや実業家、投資家の僕たち)には本能的に忌避感があるんだと思う。

でも、定常と停滞は違う。ある程度トータルの経済規模が均衡したり、人口減少に伴って縮小したとしても、その中身はぐるぐると流動的であり続けることは欠かせない。まだまだ存在する社会課題の解決を目指してイノベーションは起き続け、生まれに関係なく社会的階層を変えられる機会が平等にあったほうがいい。大きくならないパイを奪い合うのではなく、豊かさや幸せの概念が広がることによってパイが複数軸になっていく。そう考えると悪くない世界だと思う。

3. スタートアップの真の役割は、新しい社会や価値観のトライ&エラーだ

スタートアップやそれを立ち上げる起業家、イノベーター、イントレプレナーがよりよい未来に向けて超重要な役割を果たす、という考えは僕も同感だ。

ただ、その結果生まれる価値が、今の社会構造のままでの「すごい生産性」や「すごい効率性」では少しもったいない。国や社会全体の大きなトランスフォームを必要としている21世紀で、リスクを取って多くの実験ができるスタートアップが担えるのは、「新しい価値観」「社会のモデル」「経済のモデル」の提唱と実証だと思う。

サム・アルトマンは以前からベーシックインカムの社会実験を民間セクターでやってきたし、COTENは人文知の可能性に懸けるという”現行の資本主義の外側”での資金調達を行っている。
Zebras Uniteはゼブラ企業という新しいスタートアップモデルを定義して広めようとしているし、友人の落合渉悟さんはブロックチェーンを使った国家システムの確立を実験中だ。
僕もハルモニアで「メンバーもOBOGも顧客もみんなパートナーと位置づけたプロジェクト型組織」などささやかな社会実験をしているつもりだ。

こうしたトライ&エラーこそ、国や行政、大企業からはなかなか動きづらくて、まだどれが正解か誰にも分からない。起業家の意志・妄想・ビジョンによって動き出すことのできるスタートアップ&民間資本のエコシステムの優位性を活かして人類を前進させる可能性のある、より本質的な役割はこちらではないだろうか。

自分の感想:ひとつの指標にフォーカスすることの功罪

なんかあれこれ難しくって、考えるの面倒に感じたかもしれない。1つの指標や勝ち筋にフォーカスして、突き抜ける未来を想像するほうが面白いし、わくわくするだろう。

GDPや生産性(or ESG, SDGs, 幸福度 etc.)など、ひとつの共通指標があることのメリットは、わかりやすく、合意形成しやすく、各々がそのベクトルに沿って突っ走れることだ。一方でリスクは、その1つの指標にフォーカスしすぎて、他の悪化を見落としてしまったり、集団的思考停止に陥ってしまうこと。複雑なものを単純化しすぎず、複雑なまま考え続けていけるようになりたいと僕は感じた。

元の読み応えのあるエッセイに比べて浅薄な考察ですが、何かのヒントや議論につながれば幸いです!皆さんの意見・考えもぜひ教えてください。



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