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助けたい人が助けられたい時

「マオロンさん、今日はようこそ受験に訪れてくれました。函館に来た感想はいかがですか」
「はい。駅前にたくさんカモメがいてすごいと思いました」
「はっはっは」

いや、何も面白いことは言っていないですよ。


私の大学の推薦入試はそんなふうにして幕を開けた。
試験は面接のみ。
模試もA判定、高校の指導教員からもこの面接なら問題ないと太鼓判。
第一志望ではないがここでいっちょひと合格して家族を安心させたい。
正確に言えばもう何も言われたくない、放っておかれたい。
そんな気持ちで臨んだ試験だった。

制服で参上、受験票と筆記用具はちゃんと持った。
会場には早すぎず遅れすぎず、案内してくれた職員には丁寧にお礼を言う。
待機中は頑張って考えた志望理由と想定問答を頭の中でそらんじる。
受験番号を呼ばれたらはっきり聞こえるように「はい」と返事。
入室ノック3回。
ハキハキ元気に「失礼します」と挨拶。
声をかけられてからスカートが乱れないように気を遣いながら着席。
受験番号、所属高校、名前も同様に。
試験官は4人、男性3人、女性1人だったと記憶している。
そして冒頭の会話から面接が始まった。

私の志望理由は「自殺率の高いA県で精神的に困っている人を助けたいので学部で精神保健福祉の勉強をしていずれは心理の大学院に進み、臨床心理をやりたい」とかそんな感じのやつだった。
夢を見るだけなら自由である。
私がそう書き添えるのはこれが大学に行きたいのではなく行かなくてはいけない無気力不勉強な学生がなんとかそれらしく捻り出したかろうじての志望動機だからだ。
ただ、その一方で家族のことでも友達のことでも人間関係になんとなく引っ掛かりを感じていたので同じように悩んでいる思春期の学生を助ける仕事がしたいとも考えていた。
その実助けられたいのは実は自分の方だったのだからなんかこう、どうしようもないよなと今ならわかる。

志望動機、よし。
大学で勉強したいこと、よし。
時事問題、ちょっとつまづいたけどまあよし。

そろそろ面接も終わりかと言う頃、一番右の試験官が口を開いた。
40代中盤ぐらいの男性で、仕事ができそうに見えた(大学教員だから仕事ができるのは当たり前である)。

「あなたは、自分が苦しいと感じた時に誰に助けてもらいますか。また、自分で自分を助ける方法を知っていますか」

答えることができなかった。
自分を自分で助ける、自分が誰かに助けてもらうということを私は全く考えたことがなかった。

私が苦しいのは私の怠慢で、罰で、報いを受けるべきことだとしか考えていなかった。
私が私のしたことで苦しんでも、因果応報というか、苦しいのは私に原因があるからでそれから逃げてはいけないことのような気がしていた。
なので、自分が苦しんでいる状態を自分で解消したり、まして誰かに頼って助けてもらうだなんてありえないことだったのだ。

試験には落ちた。
合格発表日の3時間目の授業の後に担任が私を別室に呼んで、合格者の中に私の受験番号がなかったことを告げた。
絶対に受かると思っていた家族はひとり函館に向かい、合格発表を見にいくのだと言っていた。
学校から帰ると、家に残っていた家族に「あなたは今まで挫折したことがなかったからいい薬だったね」と言われた。

もう大学を受けないことにしようかとも思った。
第一志望に受かるにはセンター試験の点数を合計でもう200点ほど上げなくてはならず、そこまで努力をする気力もなかったからだ。
家族にそれとなく「センター試験を受けたくない」と話すと「じゃあそれでどうするんだ」と何度も言われた。
大学に行かない、国家資格も取れないような人間は社会の役に立たないから生きてる意味がないと言われているような気がした。

結局私はセンター試験を受けて第一志望からは遠く低い点数を叩き出し、2次試験で推薦に落ちた大学を受け直してそこに入学した。
それから私は変わらず学生生活にモチベーションを見出すことができず、結局心身の調子を崩してしまった。
自分で自分のことを助けることができなかった結果である。

ただ、大学の講義からいろんな学びを得ることもできて、身体を壊してからようやく自分を労ることの大切さについて身をもって学んだ。
あの時の講義で言っていたのはこれか、とかそりゃあ今度はケアされる側になっちゃうわけだよトホホ……とかいろんな答え合わせがなされた。

あれからもう11年も経つ。

今では自分で自分の機嫌を取って調子を整えることに精一杯だ。
誰かを助けている余裕なんてとてもじゃないがありゃしない。
そしてそれは意外とみんなそうだということも大人になってわかった。
でも、時々ちょっとだけ大変だよねと苦労を分かち合ってつらいことを発散させるものなんだなということも。

誰かの全部を抱え込むだなんて無理はしなくてもいいのだ。


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