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夫婦のやりたいとわたしのやりたいと夫のやりたいのバランスを考えたいという話

一緒に生きていく、というのは難しい。けれど、絶対に手放したくはない。だから、夫婦は一緒。でも。わたしは、わたしの「やりたい」を夫と合わせる必要は、あるのか。

いい距離感を、いい塩梅を、2人で模索していこう。

「どうして夫の生活・ペースに合わせないといけないんだろう」
っていう感情が爆発して、深夜に大泣きした。ずっと一緒でなくていい。わたしはわたしの好きにしていい。
1人で立っていく、という強い気持ちが薄れていたんじゃないかと思う。

夫がいま頑張っている方面で、ずっと家にいて誰かと会話をしている。静かに、静かにしていなくては。まるでわたしの存在が透明であるかのようだった。コロナ禍で他と交流がない日々のなかで、夫がパソコンかスマホにしか向かってないことが、ひたすら虚しかった。

一緒にいなくてもいいんじゃないか。別々で頑張る方法もあるんじゃないか。わたしは、わたしの「やりたい」を夫と合わせる必要は、あるのか。

沖縄に1ヶ月くらい住んでみたい。

何もやりたいことは浮かばない中で、「暮らし」にだけはとても興味があって、唯一「やりたい」と思えることだった。夫婦で「やりたいね〜」なんて話してたけれど、なんだか有耶無耶で。

でも、目標が全く一緒じゃなくてもいいもんね、昨日なんだかハッとしたのだ。夫婦だからって、同じ方向を見なければ、足並みを揃えなければ。そんなことないんだなと気づいた。

わたしはわたしのやりたいことをやる。あなたはあなたのやりたいことをやって。応援するから。それでもし、もし道が別れたとしても。

そこまで思って、急ブレーキがかかった。仲がいいのに、道が違ったからと離婚する夫婦の気持ちが初めてリアルに理解できたし、でも同時に「いま夫を手放してしまったら、一生後悔するし幸せではいられない」と思った。

一緒に進んでいく道を一緒に探していきたい。
よくよく話すと、やっぱり目標の終着点は同じようだった。でもその過程で、相手が不快になるのはよくないよね、ということになり具体的な方法を模索中である。

そしてやっぱりずっと一緒にやる、べったり一緒。みたいなところからちょっとずつ自立をしなければとおもう。わたしは、わたしの人生を。いつも結婚生活ありきで考えていたけれど、もっと頭を柔らかくしてもいいのかもしれない。

今日は、本棚の整理をしました。いらなくなった本は近所のブックオフに売りにいって、だいぶすっきり。

本棚を見返すと、「あ、いま読みたいな」って思う本が多かった。さすが過去のわたし。じぶんに必要な本はよくわかっている。「やりたいこと」を見つけたい。それは、たぶんずっと私の中にある。だから、やるしかないのだ。

気持ちが嬉しいです!ゆるゆるスローライフを楽しんでいきましょう♡