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コーヒーの香り


母が先日、お気に入りのフレーバーコーヒーを購入したという。

さて味見するか。

勝手にドリップしようとお湯を注いだ瞬間、懐かしい気分になった。
バニラとマカダミアナッツのフレーバーが乗っていて、味に甘味はないが菓子を食べているかのような風味のコーヒーだ。

初めて嗅ぐ匂いじゃないけれど、最近嗅いだ覚えもない。確かに母は久々に買ったと言っていたけれど、しばらくはずっとインスタントコーヒーで、豆を買っているのを見た記憶はない。

「これ、前にも家で飲んでたよね?」

そう尋ねると、母は驚いたように、
「飲んでたけど、結構昔だよ。まだあなた小さい頃じゃない?」
と言う。

そうなんだよな。確かに匂いは懐かしかったけれど、飲んだのは絶対に初めてだった。

私がブラックコーヒーを飲むようになったのは、中学生くらいの頃だ。
そのきっかけも何となく思い出して、それは在り来りだが当時いちばん親しかった友人がとてもコーヒー嫌いで、そいつにマウントを取りたかったから。
そうだとしたら、この匂いはおよそ10年近くは前の記憶か。

匂いの記憶はヒトの五感の中で唯一海馬に直接働きかけるという。今調べた。残りやすいとはなんとなく聞いたことがあったが、それを実際に遠い記憶のもので体感して、不思議な感慨になった。


私は幼少期の記憶が無い。ある時期以前は全て忘れた。と色んな人に言っていたが、もちろん無いはずがないこともわかっていた。
こうして実際に思い起こされる感覚があると、なにか糸を掴んだような、目の覚めるような気分になる。
私にも幼少期がちゃんとある。その記憶も、あまりに自分の話をしないもので引き出しの奥に引っ込んでしまっているだけで、失くしてなんかいない。それが最近、noteに綴ったりだとか、少しずつ人に話したりすることで呼び起こされやすくなっている気がして、嬉しい。

なんてことないコーヒーの香りひとつで、今は母と猫との2人+1匹暮らしになった住んでいる家が、昔に戻った気がした。

味はそんなに好みじゃなかった。
そんなコーヒーの好みなんかが出来てしまった自分も、このフレーバーコーヒーの香りだけを知っていた頃の幼き自分は知る由もないだろうと思うと、なんだか笑えて思いを馳せてしまう。可愛いね。

外で遊ぶのが意外にも好きだった私。
髪をいつも短く切りそろえ続けて、負けず嫌いで、男の子に混じってサッカーしたり喧嘩したりしていたな。
そのくせ絵を描くことや本を読むこと、図鑑の写真を眺めることも好きだったんだ。お気に入りの図鑑は雲図鑑。なんかずっと空に憧れているな。

誰かにまたこんな話をしよう。
今こうしてnoteにも綴れちゃうわけだしね。



コーヒーを飲み干したあとのキッチンにはまだバニラとマカダミアナッツの香りがしていた。


うーん、おやつ代わりにはいいかもな。

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