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親父、自宅での生活はもう限界なんです!

-自宅生活困難者のセーフティーネットとしての救急医-


執筆:竹内慎哉先生

「入院させてください!」
頭部打撲で救急搬送された84歳男性の息子は診察室でこう続けた。
「たくさん血が出ていたって聞きましたけど、大丈夫なんですか!? 様子見で入院とか……、何度も転んでいるし、家での生活はもう限界なんじゃないかと……」

~ Main Story ~

土佐さん(仮名)は糖尿病・高血圧で近くのクリニックに通院している84歳男性だ。妻は5年前に他界し、15年前に離婚した息子と孫2人と同居している。ADLは食事と歩行はなんとか自立している。要介護3で、デイサービスを週5回利用しており、入浴等はそこで行っている。身の回りのことは息子がしている。

ある日22時頃、自宅でトイレに行こうとしたところ、ふらついて障子の敷居につまずき、転倒してしまった。その際に頭をテーブルにぶつけ、出血があったため、発見した孫が救急要請。本人は転倒時の記憶もあり、気を失ったりもしていない。手足の麻痺やしびれもなし。四肢の痛みもなく、息苦しさや胸痛といったほかの症状もなかった。家族によると、先月も転倒後の腰痛で別の病院に救急搬送。先週は自宅で転倒したが、たんこぶだけだったので、受診はしなかったとのこと。

医師の思惑 ⇒ 入院適応なし、帰宅
前額部に5cm程度の挫創を認めたが、救急隊の圧迫により搬送時には止血されていた。頭部CTを撮影し、頭蓋内出血はなし。その他の骨折や打撲もなかった。傷は縫合が必要で、局所麻酔をした後、8針縫合した。医学的には入院適応はなく、タクシーで帰宅してもらって、抜糸はかかりつけの診療所で行うように、紹介状を作成する方針とした。

看護師の思惑 ⇒ 帰れるけど不安
意識障害はなく、大きな声で話せば会話も可能。立つことはできるが、歩行は支えてやっとできる程度でおぼつかない。先月も救急搬送されているようだし、自宅で生活できるかあやしい。また転倒するよね、きっと。かといって、これで入院というのも何だか……。

家族の思惑 ⇒ まぁ入院でしょう
先月も救急搬送されているし、自宅での生活は難しい。血もたくさん出ていたし、きっと入院になるだろう。保険証は持ってきたけど、着替えなどは取りにいかないといけない。レンタルもあるのか? 高いかなぁ?

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看護師:先生、土佐さんはこれからどうします?
医師:えっ?  紹介状を書いて処方し、帰宅の予定です。
看護師:でも土佐さん、もう自宅で暮らすのは限界だと思うんです。立つのがやっとで、歩くのもおぼつかないし、最近よく転倒しているみたいです。
医師:そうですねぇ…でも、空床は少ないし、入院してする治療も特にないし、そこは家族に何とかしてもらうしかないんじゃないですか?
看護師:そうなんですけど……。
医師:じゃあ、家族に説明してきますね。

医師:こんばんは、当直医の竹内ですが、土佐さんの息子さんですか?
息子:はい。親父はどうでしょう?
医師:幸い頭のケガだけで、8針縫合したので、近くの診療所で糸を抜いてもらう予定です。
息子:今日は入院ですよね?
医師:いえ、今日のところは帰宅の予定です。
息子:え⁉  いやいや、入院させてください! 救急隊からもたくさん血が出ていたって聞きましたけど⁉  様子見で入院とか……。
医師:最近は空床も少なく、このような状態で入院させていると、本当に入院が必要な人が入院できなくなってしまのです。
息子:いや、最近よく転ぶし、家に帰っても生活できないんじゃないかと……。
医師:そうですね、でも、そこはもう家族に何とかしてもらうしかありません。家族の介護を増やすか、施設に入所するか、そのあたりも検討していただけませんか?
息子:仕事もあって、経済的に余裕もないですし、入院でなんとかなりませんか?
医師:それはやはり難しいです。
息子:そうですか……。
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今回のケースはこれでよかったのでしょうか?
日本の高齢化率は28.4%であり、高知県は35.2%とさらに高い状況です(1)。救急搬送も高齢者が61.9%を占めて、そのうち36.2%は軽症、つまり入院が不要です (2)。そのため、今後このようなケースは増えてくることが容易に予想できます。この症例は家族がいますが、独居のケースの場合はさらに複雑です。

帰宅の高齢者が多い中、『救急外来を出るまでが救急医の仕事』でしょうか?
実は『意図しない救急外来の再診を防ぐ』ということも救急医の役割です。そのためには『家に帰ってからの生活も考える』ことが必要です。これは「医学的に適応のない入院を許容しなさい」というわけではありません。福祉サービスの調整、介護保険の調整、ケアマネジャーの介入、かかりつけ医を作る、など方法はいろいろあります。ただ、医師が福祉サービス等について精通しているかといえば、必ずしもそうではありません。
この分野には専門職があり、それがメディカルソーシャルワーカー(MSW)やケアマネジャー(ケアマネ)と呼ばれる人たちです。
ケアマネは、本人や家族と相談してケアプランを立てるので、依頼を受けて介入がスタートする仕事です。しかし、普段は病院にかからない人、近隣住民や家族と疎遠な人は、そもそも相談に来ず、こういう人こそ支援が必要な場合も多いです。このような方が体の調子が悪くなり救急搬送されると、その時に対応するのは救急医です。

ここで院内のMSW、介護認定を受けている人は担当ケアマネ、未介入事例への介入は地域包括支援センターとうまく連携をとり、つなげてあげることで生活支援につなげ、重症化や再受傷を防げるかもしれません。どのような人を専門職につなげればよいか、という内容をフローチャートにして実践している施設もあります3)。自宅で生活していけるか、という目線は看護師の方が長けている場合も多く、救急医は担当看護師の意見を確認しつつ、MSW、ケアマネとも協力して、帰宅した後の生活を考えています。

救急医の役割は、病院の中の救急外来で医学的な評価を行うだけではありません。自宅に帰った後、再度救急搬送されるような状態にならないよう、つなぐことも大事な役割です。個人の努力ではなく、システムとして改善していくことも大切なのです。

~ After Story ~

医師:この人、帰ってもまた転倒してくるよな、きっと。転倒からの骨折、褥瘡形成、最悪の場合心肺停止…それは避けたい。でも、入院適応はないし。施設や在宅の介護サービスを充実することも家族に提案してみよう。でも正直、そこまで福祉関連は詳しくないから、明日朝、病院のMSWに連絡して、地域のケアマネ、もしくは包括支援センターに相談してみよう。

(上記の旨を家族に説明したところ)
息子:ありがとうございます。明日、ケアマネさんから連絡が来るんですね、分かりました。短期間なら仕事を早く終わらせることもできるので、何とかなります。もう自宅での生活も限界だと思っていたので、施設への入所も相談してみようと思います。どこに相談すればいいかも分からず、そのままズルズルと来てしまっていたので助かりました。ありがとうございます。

後日、居宅訪問した担当ケアマネから連絡があり、サービス内容の見直しを提案し、まずはショートステイの利用、早期に施設入所の方向で調整することになった。

参考文献
(1)  第2章 高齢者等の現状と将来推計- 高知県.https://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/060201/files/2018022700035/file_20212184113656_1.pdf

(2)  総務省.令和3年版 救急・救助の現況.https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/211224_kyuuki_1.pdf

(3) 大麻康之,小原弘子,前田千晶,盛實篤史:救急搬送後に帰宅支援フローチャートを用いて帰宅時支援が必要と判断された患者の特徴.日本救急看護学会雑誌 2023;25:1-10.


*独居高齢者と孤独死

高齢者の割合は増え続けており、独居高齢者の割合も増えている。2019年時点で単独世帯が28.8%、単独もしくは夫婦のみの世帯では61.1%にも上る。そのような中、65歳以上の高齢者による孤独死数は2018年は3,867人であり、全体の孤独死数(5,513人)の7割を占める。また、高齢者の孤独死は2003年時点と比較して2.6倍に増加している。
医療者として少しでも孤独死を防ぐ、救急はそのセーフティーネットとしての役割も果たしていきたい。

内閣府 令和3年版高齢社会白書.https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2021/html/zenbun/s1_1_3.html

国土交通省(参考)死因別統計データ.
https://kolecolle.com/health/solitary_death.html

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※このエピソードは実話ではなく、これまで経験した例をもとにしたフィクションです。


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